第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-
「あ、お嬢!」
お店の裏手で、店番をしている一人に呼び止められた。
「お嬢が仕入れた反物が、また売れましたよ。お得意様の娘様が偉く気に入っていらっしゃって。」
千鶴様に…と選んで、方々で仕入れた反物のうち、千鶴様の感じとは少し違うかな?と思ったものは、店頭に出して貰っている。
それが売れたのは、未だ進んでいない「初仕事」とは裏腹に、私でも仕事が出来たかのような気がして嬉しかった。
「ありがとう。」
声をかけてくれた店番に、お礼の言葉を言えば、さっきまで焦っていた気持ちも少し落ち着いて来る。
風間様はおじいちゃんと何の話をしに来たんだろう?と気になるし…
千鶴様と一緒にいる姿を見るのは、正直限界に近いくらい辛いけれど…やっぱり自分の仕事を成し遂げたい、という思いも私の中にちゃんと残っていることにも気がつけた。
風間様とおじいちゃんが話をしている客間の前に着いて、深く息を吸い込み…ふうう…と長く吐き出す。
よし、そう思った時、
すー…っと目の前の襖が開いて、部屋を出ようとしている風間様とぱちりと目があった。
「…あ」
意気込んで、仕事が無くなるのを阻止しようとしていたはずなのに、間抜けな声を出してその場に固まる。
「おや、か。丁度いい所に来たな。話がある。」
おじいちゃんの呑気な声が部屋の中から聞こえた。
「…では屋…世話になった。また出向く。」
蛇に睨まれた蛙のごとく、風間様と目があっただけで固まっていた私をそのまま見下ろして、おじいちゃんとの挨拶もそこそこに、風間様はすたすたと歩いて行ってしまわれた。
「、大事な話がある。早く来なさい。」
すれ違った風間様のお着物の香りを、私の鼻はちゃんと掴んで…どきりどきりと胸が苦しい。
「おじいちゃん…何?」
話の内容に対する緊張と、風間様に対する胸の苦しさで、私の鼓動はありえないほど早かった。