第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-
お店の庭先に、一本だけ植えてある冬に咲く花の木がある。
椿に良く似たそのお花は、どうやら椿ではないみたい。
奉公先のお庭にもあって、花びらを集めて水に浮かべるのが大好きだった。
桜より濃い紅色の花びらは、一枚が桜よりも厚みがあって…血のような紅色ではなくて、少し桃色。
そんなこの花の色も大好き。
そうだ…この色のお着物はどうかしら?
……千鶴様ならきっとよくお似合いになるはず。
どうしてだろう?
こんなに胸が苦しいのは…風間様を想うだけで何故こんなに苦しくなるの?
お二人が結ばれたら…この苦しみから解放されるのかな?
それとも…
庭先に落ちている花びらを拾って、水を張った桶に浮かべれば、
「綺麗…」
少しだけ胸の苦しみが緩んだ気がした。
「なんて名前のお花なんだろう?」
おじいちゃんやお店の人に聞いてもわからなかった。
くるくると指で水をかき混ぜて、ひらりと浮かぶ花びらと戯れていれば、背後から、
「山茶花」
低い声が聞こえた。
聞きたかったその声に、急激に心拍が上がっていく。
息をするのもやっと…それくらい激しい動悸を悟られないように、ゆっくり声がした方に振り向けば、会いたくてたまらなかった姿があった。
思わず固まっている私を、ふ、とひとつ風間様は笑う。
「山茶花だ。…また水に浮かべてたのか。」
「山茶花っていうんですね!ずーっと知りたかったから、すっきりしました。…また?って私がこうやって遊んでるの知ってましたっけ?」
「いや…なんでもない」
ふい、と目線を逸らす風間様の様子が、いつもよりなんだか砕けていて、胸が苦しくなるよりも、じわじわと暖かいものが溢れてくる感覚になった。
「店主に話がある。」
そう一言残して、お店の中へ入っていってしまわれたけれど…
やっぱりもうこのお仕事は無くなってしまうのかもしれない。
どうして?
もしかしたら…私の気持ちがわかってしまったのかもしれない。
そしたら、そんな横恋慕するような女に、大切なお嫁様のお着物をだなんて思えないのかもしれない…
どうしよう…
風間様は代々お世話になっているお客様なのに。
いても経ってもいられなくなって、客間に走った。