第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-
そして今…やっと探していた濃い鬼の血を引く嫁を見つけたというのに…
恋い焦がれていたと言っても過言ではないというくらい、鬼を継ぐ血を見つけたというのに…
雪村千鶴を愛そうと心決めたはずだった。
だが…
この時世に表に出た人間共の争いが酷く醜く、心底人間が嫌になっていた俺の前に現れたの瞳は、まだ澄んだままだった。
鬼がまだ人間と交流していた頃から、代々取引をしてきた呉服屋…
先先代も先代も…人間には裏切られ、痛い目を見てきたはずだが、信用し取引が続いている屋の娘か…
心の臓に近い部分から、じわりと何かが溢れ出て来る。
掴んだ手は、あの日のように荒れていたが…そんな痛々しい指を、とてつもなく愛おしく思えた。
切り傷は勿論…鬼であらば例え荒れてもすぐ癒える。
人間とはなんとか弱いのか…
弱く愚かだと思い続けた人間は、本当に脆く弱いものだと実感した。
こんな状態のままにして、愚な男に成り下がる訳にはいかない。
頭を冷やせ…そう思って距離を取った。
だが西本願寺の前で、どうにも歩が進まぬ。
それどころか、思い浮かぶのはの事ばかりではないか?
まさか人間に翻弄される日が来ようとは…
「てめえ…また来やがったのか!」
西本願寺の前で足を止めたままの俺の背後から、犬の吠える声がした。
「……」
その気配に雪村千鶴を感じて振り向けば、土方とかいう人間の背にかばわれている、雪村千鶴の姿を見つけた。
「…千鶴は渡さねえ」
怒鳴るわけでもない低く落ち着いたその声に、ふ、とひとつ勝手に笑いが溢れる。
「そのつもりだったが…やめた」
背にかばわれた雪村千鶴は、頬を染めて土方を見上げていた。
元々二人はそういう関係だったことはわかっていたし、それを奪ってでも鬼の血を…と思っていたが、今となっては到底馬鹿らしい。
俺の言葉に拍子抜けしたのか、黙る二人に背を向け、そうなったら向かわねばならない場所は一つだけだ。
「あの!風間さんっ!」
歩き出した俺に、雪村千鶴の声が聞こえて、足を止めれる。
「ありがとうございました。私は…此処で生きようと思います。さんに…鬼でも怖くないと言ってもらえて…それで私…」
「伝えておく」
被せるようにそう言って、そのまま歩を速めた。