第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-
風間様の声は低く静かなもので、包むその手はとても暖かかった。
まじまじと荒れた指を眺められている事に、いたたまれなくなる。
「もう離して…」
自分が思うよりもずっと小さな声が、喉の奥からやっと出て来た。
未だに囚われたままの自分の手と、それを包む風間様の手をぼぅっと見つめれば、次の瞬間…風間様の唇が私の手に触れた。
「っ!!」
声にならない声が出る。
「人間は非力で愚かだとばかり思っていたが……お前のこの手はそれとは違う。」
指に風間様の吐息がかかる。
「な…」
何をおっしゃってるのですか!と問い詰めるはずが、勝手に溢れ出した涙で声が出せなかった。
それから…あまりの出来事に夢なのか現実なのか定かではないのだけれど…
そのまま風間様と手を繋いで帰路について…
お店の前まで送ってくださった。
「…しばらくあの場所へは行かぬ。用事が出来たら俺が此処へ出向く。」
あの場所?千鶴様の所でしょうか?と、お聞きすれば、
「ああ」
と、一言だけ残して、早々と立ち去ってしまった。
風間様…どうなさったのかしら?
私は怒らせてしまったの?
当日こそあまり実感はわかなかったけれど、もうひと月も風間様からの連絡はない。
その間も、千鶴様のお着物を…と、染色屋へ出向いたり、絵師に流行りを聞いたりと…準備はしていた。
千鶴様にしか似合わないものをおつくりしたい…
風間様を想えば想うほど…苦しくなる胸内とは裏腹に、初仕事を成し遂げたいとも思う。
風間様…
もしかしたら、もうお一人で千鶴様にお会いしたかったのかもしれない。
今頃…お二人は…
風間様のあのしなやかで綺麗な長い指は…千鶴様に触れているの?
暖かくて優しい掌は、千鶴様を包んでいるの?
お着物からにうつった香の香りを思い出して、千鶴様は頬を染めているのかもしれない。
鋭くて凍ってしまいそうな瞳も、千鶴様には甘く艶めいたものに変わっているのかも…
苦しい…
風間様は鬼で…
私は人間…
風間様には千鶴様がいて…
私は単なる行商で…
その壁は厚くて…
全く届かない…