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【薄桜鬼】桜飴 (短編集)

第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-


「怖くないですよ。」

と、微笑みを添えて答えれば、千鶴様も少しだけ微笑んでくださった。

「犬が吠えぬ内に帰るぞ。」

私達の様子を塀に背を任せて伺っていた風間様が、私の腰に手を添える。

「え?まだ…」

今日はまだ千鶴様を口説いてないのに…と言おうとしたけれど、有無を言わさず…あっと言う間に西本願寺の外側に居た。

「…よかったのですか?」

今日は千鶴様とあまりお話をされていない。

「構わぬ。」

低く静かな風間様の声色からは、感情が読み取れなかった。

「千鶴様の手はお綺麗ですね。あの白い肌にはどんな色でも映えましょう。」

灰色だった空は、いつの間にか澄んだ青空に変わっていて、冷たい風の中にふんわりと風間様のお着物から漂うお香の香りがする。

鼻をくすぐるその香りに、胸をぎゅうっと押しつぶされそう…。

ぎゅうっと袂を掴んで、ちくりちくりと痛む心を落ち着かせていれば、強く握りすぎたせいで、手荒れでぱくりと割れていた指の関節あたりの傷口から血が出てきてしまっていた。

じわりじわりと痛む指に、千鶴様の綺麗な手を思い出して泣きたくなる。

風間様が手に触れそうになるのを、慌てて阻止をして、背に両手を隠した。

その行動を訝しげに思われたのか、風間様は手首を強めに掴かみ、隠すことを許してくれない。

「離してくださいっ」

悲鳴に近い私の叫びにも一切動じることもなく、風間様の低く冷めた声が頭上に降り落ちて来た。

「何を隠す」

真冬の井戸水と乾燥で痛んだ指は、もう風間様の目の前にある。

「…ないでください」

やっと出て来た私の声は、蚊が飛びまわるより小さかった。

「見ないでくださいっ」

自分の出せる精一杯の力で、風間様から手を振り切ろうとするも…びくともしない。

「こんな荒れた汚い指を…どうか見ないで…」

私も千鶴様のような綺麗な手をしていたら…風間様に触れそうだった手をわざわざ隠したりしないのに…

「…人間とは不憫なものだな」

強く掴まれていた私の手から、風間様の手が一瞬離れたと思えば…

風間様の長くしなやかな指は、そっと私の掌を包み込んだ。

「冷たい水も、この乾いた空気も…お前のこの手を荒らす敵となるのか…」
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