第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-
「帰ってください!」
例のごとく、西本願寺の塀を越えて千鶴様に会いに来れば、箒で庭の枯葉を集めていた千鶴様に一蹴されてしまった。
この広いお庭をお一人で…。
時折吹く木枯らしに集めたばかりの枯葉は散らばる。
それをすぐに集め直して…を千鶴様はお一人で繰り返していた。
きっとこれを毎日。
そしてお仕事はこれだけじゃないはず。
「風間様…千鶴様はお強いのでしょうね。」
ふと呟くように口に出した言葉に、風間様はふっ、と小さく笑った。
「…さあな。」
返された声は、少し嬉しそうで…ずきりと胸が痛くなったけれど…風間様の想いが千鶴様に届くといいな…なんて思ったりもする。
そんなことを思っていれば、いつの間にか風間様は千鶴様の近くへ移動していて、何やら話をしてるみたい。
終始睨みつけていた千鶴様が、ふとぱっと赤くなって視線を外した。
そして満足気な顔をした風間様が戻ってくる。
「行くぞ」
ひょいと担がれてその場を去る。
塀を超える時、ちらりと千鶴様を見れば…目が合ったような気がして、すぐに逸らしてしまった。
大丈夫です。
私はただの呉服屋です。
担がれた時に触れた場所が熱い。
それから幾度も、千鶴様のいる西本願寺にお供した。
さすがにそろそろお着物を選びたいところだけど、肝心のお二人は…未だ婚約の契りは交わしていないようで…。
仕事を進めたい気持ちとは裏腹に…どこか安心しているわ…私。
腰を抱えられて塀を飛び越える事にも慣れてしまった。
日に日にお二人の距離が近づいて行く気がして、今ではあまりお二人が話をしている姿を直視出来ない。
嗚呼…今日も行かなくては…
足が重たいのとは裏腹に、風間様にお会い出来る事を嬉しく思う気持ちもある。
ぼやけた手鏡を必死に磨いて、控えめな紅をひいてみる。
…こんな事をしたって仕方がないのだけれど。