第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-
俺の子を産めって言ってたけど…。
「風間様は…千鶴様がお好きなのですね。その…子を産めとかなんとか…」
ふと出て来た私のそんな言葉に、風間様は少し低めの声で、
「千鶴は貴重だからな。子孫を繁栄させねばならぬ。」
と、ぽつりとこたえた。
「…子孫を繁栄させる為?」
その言葉が気になって呟く。
「ああ。女鬼は貴重だ。」
冷たく放たれた言葉に凍りつく。
女鬼…
やっぱりあの日の鬼は夢じゃなかったんだ…。
でも…違う…私が引っかかるのはそれじゃなくて…
「風間様は…千鶴様が女鬼だからお嫁様に?千鶴様は子孫繁栄だけの為にお嫁に?」
跡継ぎがどうとか…家同士がどうとか…
そんなの小さい頃から聞き飽きた。
いずれ私も、冴えない貧しいお武家の次男あたりを婿に迎えるんだと思う。
全ては両家の利の為に。
そして跡継ぎを産めと言われるんだろう。
それもそう遠くない現実。
千鶴様も同じ気持ちなのかしら…風間様を拒絶していたわ。
「千鶴様は…」
そこまで考えていたら、無意識に涙が溢れてた。
涙をこぼしながら、風間様を睨む。
「千鶴様が首を縦に振らない理由をお考えですか?」
睨みつけながらそう言えば、
「人間ごときが随分と偉そうだな。あの日見せた姿を忘れたか。」
強い言葉とは裏腹に、鋭い瞳の奥は優しかった。
「…覚えていてくださったのですね。」
あの日の事を風間様は覚えていてくださっていて…あれが私だってことを知ってたんだ…。
「鬼だからって…あんなんじゃ絶対、千鶴様は落ちません!」
覚えていてくれた嬉しさと、さっきまでの涙が混ざる。
すっ、と伸ばされた指は、あの日と同じように私の涙を拭った。
そして、そのまま頬に手は添えられる。
「我が妻となったからには、片時も不満など考えもつかぬ程…生涯を尽くして幸せにする。」
低い声はいつもより甘くて、頬に触れている掌のあたたかさで、溶けてしまいそうになった。
どきん、どきん、
心臓が痛い。
これは私への言葉ではないのに。
意識を手放しそうになるのを必死で堪えて、声を絞り出す。
「ち、千鶴様にそれをお伝えにならないと…」
うまく話せているかわからないけれど、合わせていた目を逸らす。
頬にはまだ風間様の掌の温もりがあった。