第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-
そのままその場で風間様とお嫁様を見ていれば、お二人の様子が何やらおかしい。
喧嘩でもなさってるのかしら?
もしかして、私が浮気相手だとでも勘違いをされてしまったのかしら…大切なお客様にそんな誤解をされては大変だわ!
そう思って急いで二人に近づいた。
「帰ってください!」
お嫁様はきぃっと風間様を睨みつけながら、そんな言葉を投げつけてる。
「あの!」
誤解を解こうと間に入り込んだ。
「呉服店を営んでおります、屋のと申します。」
驚いた表情をしているお嫁様に、深々とお辞儀をすれば、
「あ…えと…」
と、先程の風間様と争う勢いはおさまったみたい。
くくく、と風間様の笑う声が聞こえる。
「千鶴だ。」
低い声で紡がれたのは、私に教えるための、お嫁様のお名前。
それだけで胸の奥がずきりと痛む。
「千鶴様。きっと貴女様にぴったりのお着物をお造り致します。どうかおまかせくださいませ。」
自分の心に戸を閉めて、その戸を杭で打ち付ける感覚で…千鶴様の両手をそっと取った。
滑らかなその白い手は…私のがさがさとした傷だらけの手とは比べられないほどに綺麗で…
消えてしまいたいほど苦しい。
「あの?…お着物?」
眉をしかめ、大きな瞳をくりくりとさせている千鶴様に、
「お前の為の着物だ。そんな姿をいつまでもさせておく連中の側を離れて、早く俺の子を産め千鶴。」
千鶴様の手を取る私の横から、すうっと手を伸ばし、千鶴様の顎を撫でながら風間様はそう言った。
「なっ!?私は貴方の子は産みませんっ!帰ってください!」
ばっ、と指を振り払って、ぱたぱたと走り去る千鶴様を、呆然と見送る。
「まあこんな所か。帰るぞ。」
え?風間様…まさか…
「千鶴様はお嫁様なのですよね?」
「ああ」
「お照れになっているのかしら?」
「なかなか首を縦に振らぬが…いずれは嫁となる。」
ちょっと待って…風間様…それって…
「ご婚姻の契りは?」
「………」
「まさか…お断りされてるなんてこと…」
「…それがどうした?」
ちょっと風間様…どうしたもこうしたも…ありすぎます。
それに千鶴様に向かってかけていた言葉が気になる。