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【薄桜鬼】桜飴 (短編集)

第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-


あの日は眠れなかったのを思い出す。

またあの姿を見たくて、またあの指に触れてみたくて…毎日毎日、またあのお城に来ないかと待ってた。

でもあれ以来一度も会えなくて…もしかしたら夢だったのかもしれない思い出。

思い出せばあの日のどきどきとした心拍が蘇りそうになる。

だから…

「知らないわ…」

もうこの話はしていないけれど、小さく小さく呟いた。


翌日、御主人との商談のお座敷に呼ばれた。

「先祖代々、取引きが続いている大切なお客様だよ。もこれからもずっと続いていけるよう努力しなければならないよ。」

此処に来る前に、何度もそう言われているから、いざその時になると幾分か緊張が増して来る。

「参りました。」

と、天霧様の声が聞こえて、私達は頭を下げた。

「風間様お久しゅうにございます。この度はまた私共屋をお呼びいただき、この上ない幸せにございます。今回お持ち致しました品はーーーー…」

御主人が席につかれたのを見計らって、挨拶をする。

その間も私は頭を下げて、挨拶が終わるのを待った。

「これは…」

とん、と挨拶を述べていた祖父の手が背中に触れる。

「私の後を継ぐ孫娘のでございます。まだ江戸の奉公先から帰ってきたばかりの小娘でございますが、これからを担う者でございますので、どうぞお見知り置きくださいませ。」

紹介をされ終わると同時に、一度顔をあげて、「風間様」を見た。

どくり

と、あの日と同じ心臓の音が聞こえる。

…あの時の…鬼……

胸を突かれて、頭の中が真っ白になる。

あの鋭い瞳はあの日のまま、挨拶の途中で固まった私をとらえてた。

再び背中をとん、と叩かれて我にかえり、

「にございます。まだまだ修行中の身ですが、風間様のお目に留まるお品をご用意出来るよう、鍛錬致します。」

と、早口になりながら頭を下げる。

それからしばらく、祖父と風間様は話をしていて、私は心臓ごと投げ捨てたいくらい、激しい動悸と、あの日みたいに顔が熱くなっていくのを必死に抑えた。
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