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【薄桜鬼】桜飴 (短編集)

第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-


鋭い瞳を睨みつければ、ぞくりと背筋が凍りつくような恐怖を感じたけれど…負けるまいと睨み続けた。

その男の人は、ふん、と鼻でひとつ笑うと、

「良い瞳をしている。俺は人間は好かぬが…お前のその瞳は嫌いではない。」

いつの間にか、私の顎に指が触れてる。

顎をとらえられて、固定された顔を動かす事なく睨み続ければ、

「その気性の強さがあれば、あの愚かな人間共に負けるまい。」

見ず知らずの…どこの誰かもわからない人だけれど、その言葉の裏側に、「お前は頑張ってる」って言ってもらえたような気がして…

気がつけば、私の目からは涙がぽろぽろと落ちていて、目の前の睨み続けていた相手が霞んで見える。

顎をとらえていた指は、ゆっくりと移動して、こぼれ落ちる涙をすって一筋拭った。

長くてしなやかで…それでいて自分の指とも全然違う、男の人の指。

あまりにも綺麗なその指の動向を無意識に見守れば、私の涙で濡れた部分を…まるで見せつけるかのように、ぺろりと舐め上げた。

どきり、と、さっきまでとは違う音が、心臓から聞こえる。

顔に熱が上がるのが分かった。

睨み続けていた瞳をそらして、水につけっぱなしだった自分の指で涙を拭う。

くくく、と笑う声が落ちて来る。

どきどきと速まる心音と、どんどん熱くなる耳に気を取られて、それどころじゃなかった。

「…良いものを見せてやる。」

すでに立ち上がっていたその男の人をみれば、少し口元に笑みを含ませてる。

「…覚悟をしておけ。」

試すような低い声に、こくりと頷いた。

その瞬間…

今まで吹いていた風が止まり、さえずっていた雀が飛び立ち…男の人の黄金色の髪の毛が銀色に染まった。

そして……角が四つ。

息を吸うのもはくのも忘れてしまう程に、その姿は綺麗だった。

「これが…鬼?」

思わず口から小さく溢れた言葉に、その綺麗な鬼はまたひとつ鼻で笑う。

そこで私の意識は途切れて、気がつけば洗濯桶の前で眠っていた。

夢だったのかと思うけど、涙を拭われた時の頬にあたる指の感触が残ってる。

再びどきどきと高鳴る胸を抑えれば、どこからか洗濯が遅いと怒鳴る声が聞こえてきた。

ーーあの愚かな人間共に負けるまい…

低くなめらかな声が耳の奥で再生される。

そうよ…負けないわ。

それからはどんな「鍛錬」も乗り切れた。
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