第5章 わたしのなまえ
軽く身支度を整え階下へとおりる。リビングへと迎えば、そこにいたのは正信さんとみのるさん。そして先日軽く挨拶をしたDrカシオペア。
「おはよう。貴女がセトね」
いくつか皺の刻まれた口元が柔らかい孤を描く。優しい笑みだった。
あれ?
ふと。電脳の片隅を何かが過ぎる。それはほんの一瞬で、何かだと認識する前に消えてしまう。
何でだろう。私、この人を知ってる気が……する。
知識としては知っている。ロボット工学者の第一人者と呼ばれている女性なのだから。でもこの微笑みを私は以前どこかで……。
「セト、ちょっとこちらへ来てくれるかしら」
優しい声音が私を呼ぶ。はい、と返事を返しながら招かれる様にソファーへ腰掛ける彼女の前へと足を向けた。
温かな彼女の掌が私の指を包む。そのままか自然とDrカシオペアに跪くように腰を落とすと、下から見上げる様に彼女と視線がまじりあった。
「おはよう。今日の天気はどうかしら?」
突然問われた言葉に、え、と軽い戸惑いを持ちつつも電脳に弾き出された言葉を返す。
「はいDr。本日のシンガポールの天気は、晴ところにより雨。湿度は91%です」
「そう。今日も暑くなりそうね」
「はい。本日の午前中は外出されないようオススメ致しますわ」
「ええ、ありがとう」
考える前からスラスラと口をつく言葉。私が口にしている言葉なのに、まるで違う人が話している様な……そんな不思議な感覚。
「ところでBUNDLE。今日は確か貴女とA-Cの初対面の日ではなかったかしら」
「いいえDr。本日の私のスケジュールはDrクエーサーによりキャンセルされております」
「あら、それは何故?」
「それは私のプログラミングの調整が必要だとDrクエーサーが判断なさったからです。本日、私のスケジュールは…………」
そこまで口にした所で、ハッと身体を揺らす。