第2章 出会い
「私は帰らない。帰れるはずないじゃない!」
「何故だ。あれはお前のせいじゃない」
「私のせいよ! 私があの日あの場所にいなければDr.は……」
言葉を続ける前に胸元からせり上がって来た吐き気に、私はむせながらその場所に嘔吐する。
「体調も本調子ではないのに走り回るからだ。掴まれ」
もう一度伸ばされた手を「触らないで」と拒むと立ち上がる。
そしてクワイエットから逃れる様に彼とは反対の方向へと駆け出す。
そう先程の広場の方向へと。
広場に出ると人並みを縫って走り続ける。途中後ろを振り返りながらも立ち止まりはしない。
酸素不足にくらりと目眩を感じる。けれど足はとめず走り続けた。
広場を抜けた先でもう一度後ろを振り返る。
追って来て……ない?
行き交う人々の群れの中を目を凝らし見るけれど姿は見えないようで、それを確認すると初めて私ははぁ……と息をついた。
「どうしよう……」
クワイエットが動いてるって事はきっとクイックも私を探してる。
流石に二人でこられたらいくら私でも……。
沢山のビル郡の隙間に身体を滑り込ませる手と、もう一度今度は深く息をついてずるりとその場に腰を降ろす。
暑い……。
シンガポールの夏は暑い。雨もあまり降らず、カラッとした青空が広がる。それが私の知っているシンガポール。
だからろくに水分もとらず走り続ければ太陽と気候の熱で身体中の水分を失い……
目が……回る……。
ぐにゃりと目に映る物が歪み、起きてられなくなった私は身体をビルの壁へと預ける。
どうしよう、動けない……。
頭は動けと身体に命令しているのに、身体はそれを拒むかの様に指先さえも動かせず。
霞んでいく視界。息苦しい呼吸。
動け……
動け……
動け……ッ
脳内に響いたその一言を最後に、私の意識は闇の中へと落ちていった――――。