第4章 A-Cという男
バタン。
誰もいない自室へと戻ると、ベッドの上に両手いっぱいのコードを落とすように置いた。先程ここへ戻る前に音井博士の研究所から(勝手に)借りた物。
まぁ日が上る前に返せばバレないわよね?
「えっと、まずは……」
頭の中のマニュアルを開いて、手際よく自分のジャックとPCとをコードで繋いでいく。
最後にPCを立ち上げると、真っ黒な画面を前にキーボードの上で指を走らせた。
「これでよし、っと」
画面いっぱいに列べきった英数字に満足げに頷くとタンッとenterキーを押した。
「彼には簡易的なウィルスだろうけど、時間稼ぎにはなるはず」
彼とは勿論オラトリオの事。今私が作っていたのはスモッグウィルスと言って、以前クオーターから遊びの一種だと教えられたものだ。
例えばどこかの機関にハッキングをしたとする。警備の厳しい場所ではハッキングを開始した0.001秒で既に追跡調査が始まってしまい、情報を奪うはずが反対に奪われるなんて事があるらしく(まぁクオーター曰く、それはただのバカな素人が陥るケースらしい)それをされないためにハッキングと自分の痕跡消しを同時にする方法がスモッグウィルスなのだと言っていた。
簡単に言うならば、対岸に渡るのに痕跡を残さないために橋ではなくその下の川を泳いで渡るって感じかしら。川は常に流れて新しい物を運んで行くし来る。だからその場にはなにも残らない。
「問題はオラトリオがまたORACLEにいるかもしれないって事」
いたら間違いなく今度こそ容赦ない攻撃をくらうでしょうね。だってORACLEに忍び込もうとしてるんだもの。
「やだなぁ、あの人しつこいんだもの」
ぶつぶつと一人ごちながらも手際よくダイヴの準備をしていく。あとはEnterキーを押すだけ。
「まぁ、考えたって仕方ないわ。制限時間は10分。ダイヴ開始」
タンッと指先でEnterキーを叩くと同時にザッと目の前が真っ白に染まる。そして間もなく視界に移ったのは果てしない闇の世界だった。