第3章 何故人は泣くのかしら?
「シグナル……さん」
私も彼の登場に驚いて一歩後ろへと下がった時、足下でガチャリと何か鈍い音が響き視線を足下へと向ける。
見れば片足に黒い鎖が何重と巻き付いていて、その先はオラトリオのコートの下へと続いていた。多分これがさっき彼が言っていたリンクなのだろう。
これでもかという渋い顔を見せてオラトリオを睨み上げれば、彼は素知らぬ顔でオラクルと何やら話している様だった。
「オラトリオさん」
何なのこれ、と問い掛けようとした時、シグナルさんが降りてきた穴から一つの白い羽が舞い降りてくる。
羽? と天を見上げれば、スタッと軽い身のこなしで誰かが降りてきた。
シルバーピンクの髪を肩より少し長い場所で切り落とし、青と白の着物に似た服を身に纏った青年。手には真っ白な日本刀を握っていて、私はそれを目に捉えるなりシグナルさんの後ろへと身を隠した。
「えっ? え!?」
慌てるシグナルさんを無視して背の服をつかんでそのまま顔を埋める。
__危険 きけん キケン__
私の電脳に、まるで切れかけの電球の様にチカチカとその言葉が消えては現れ消えては現れてを繰り返す。
何あれ。何あれ。キケン、キケン、キケン。あの刀は何? 怖い……っ。
今までにない困惑。驚き? なに、これは何かしら。この感情は何?
次第に震え始める掌。そんな私の姿に一番に驚いていたのはオラトリオだった。訝しげな視線を向け私をまるで観察するようにみていた。
「い、イヤ、近寄らないで。それを私に近付けないで……」
何故? 私は何を怯えているのかしら。何故震えてしまうのかしら?
「お願い、近付けないで……」
電脳では"危険"という言葉と共にそんな言葉が流れる。そして何故か"消さないで"と言う言葉を口にしていた。
「消さないで……お願い。死にたくない……死にたくない……」
最後は腰が抜けた様にズルリとその場に膝をついてしまった私をシグナルさんが受けとめてくれる。そのまま彼に抱き付いた。
「イヤ、イヤ……助けて、ドクター……ドクター……ッ___」