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連れ立って歩く 其の四 和合編 ー干柿鬼鮫ー

第5章 葛藤


さして標高のない山ではあるが、要らない労力を嫌うサソリが長く放置して来た隠し家だ。

サソリはそこに牡蠣殻を囲い、少なくともひと冬、思うように材を探るつもりになっていた。
任務を疎かにしなければ暁から干渉される事はない。サソリに限らず、誰が何処に居ようと他のメンバーは気にも留めまい。
サソリがそうであるように。
これを知れば、砂に牡蠣殻を置き去りにした角都へ襲い掛かったのと同じようにサソリを害するであろう鬼鮫でさえ。

「ざまァねえな」

暗い歓びに駆られつつ、サソリは綺麗な顔で笑った。
出し抜いてやったという気持ちが、子供のように無邪気にサソリを浮かれさせている。
音や砂などの里は兎に角、鬼鮫を特に厭う訳ではないが、妙に奮い立った。
誰が好きか嫌いかなんていうのはそもそも大した問題ではない。サソリは自分を取り巻く全てが嫌いだ。鬼鮫や牡蠣殻が別という訳ではないのだ。

我ながら捻れているとは思う。しかしだから何だ。そんな事はどうだっていい。欲しいと思っていたものの取っ掛かりが手に入った。他にも欲しがっている連中が居るものを手に入れたと思えば、尚獲物の旨味が増す。

陽が更に落ち、辺りが格段に冷えて来た。
体温の低い牡蠣殻の体が更に冷たくなって震え始めている。
死なせてはどうにもならない。足を速めたその時、傍らの木立の下生えがガサガサと騒いだ。

「……」

サソリは眉をひそめた。

…何だ、追手か?どの追手だ?
こんな山中までご苦労な事だ。

食うでも服するでも道具立てに用いるでも、"自然"に用のある人間でもない限り、この山には見るものがない。日暮れようという晩秋のこの刻限、"自然"に用のあるただの里人ならば、山中泊を嫌ってとうに山を下りている筈。草も木も枯れて実を落しきった上いつ雪が降ってもおかしくはない時節、山に野宿までしても得る物は少ない。

こんな辺鄙でつまらねえ山までマークするのか。暇なヤツがいたもんだ。

肩で木偶の様に揺れる牡蠣殻をチラリと見、サソリは薄っすらと笑った。

今のサソリはヒルコだ。
何処へ行くにも大概ヒルコで出歩くが、山に出向く時は必ずこの姿だ。我に傷を付けたくないし、大自然とやらに嬲られて錆びたりしたくないからだ。
腰を曲げ、這いずる様に移動するヒルコはものを知らぬ者には容易い獲物に映るだろう。
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