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連れ立って歩く 其の四 和合編 ー干柿鬼鮫ー

第5章 葛藤



晩秋の山は足元が悪い。積み重なった落葉の下層が湿り、思わぬところで足を取られる。

またズルリと足を滑らせたサソリは舌打ちして肩の上の牡蠣殻を担ぎ直した。

やっぱり捨てて行くか?

山の日暮れは足が速い。このままでは山中泊にもなりかねない。それこそ操り主のない傀儡の様にぐんにゃりした牡蠣殻が、煩わしくて仕方なくなって来た。
投げ出したいがその度匂う牡蠣殻の甘い息がサソリを留める。

草の秘薬の配合は秘中の秘、材も仔細は読みきれない。与え方に依って効果の程も違うと聞く。そしてその呑み交わせ。本草に造詣の深い里だけが用いる仕様がある。
薬草は配合だけでその効き目が決まる訳ではない。同じ薬草同士であっても、服し方に依ってその効果はまた形を変える。
例えば、壱を日に二度、朝と昼。弐を日に一度朝のみ。三も同じく日に一度。但し就寝前に限る。四は週に一度、中日の起床時に一服、五は月に一度。晦日に限る。この日時をずらせばまた効果が変わる。
暦は陽ではなく月で数え、与えられる薬草の加工も多岐に渡る。陽に干すか月に晒すか、風に当てるか地下で寝かすか、全草のまま加工するか花蕾茎葉根、各々、または幾つかに分けて処理を変えるか、論えば切りがない。

それに通じ、思うまま繰るのが草、そして磯。

その磯に出自を持つ牡蠣殻が、草の麻薬を呑んでここに居る。

この馬鹿に固執する邪魔な鮫は居ない。
砂も音も、木の葉も草も磯も、今こうしてサソリに命を預けた格好になっている牡蠣殻を知らない。
サソリはフッと失笑した。肘で額を拭って息を吐く。ある種の優越感が湧いた。

これは牡蠣殻であって牡蠣殻ではない。
サソリに関わる人としての牡蠣殻は鬱陶しい存在でしかないが、検体としての牡蠣殻はサソリにとって無益ではない。
傀儡の材である樹木と変わりない訳だ。
そう思えば我慢も出来る。

珍かな材を手に入れた。活かすも殺すも己次第。身内が震える。武者震いというヤツだ。

「ざまァみろ」

誰の何を嘲ったか、我ながらわからぬまま吐き捨てて、荒い息を吐く。
山は登るより下りる方が難儀だとよく言うが、あれは嘘だ。有り体に言えば、どっちも辛い。後何歩足を運ばねばならないかと思うと腹が立って来る。登るも下りるも面倒に変わりない。しかも荷物を抱えての道行きだ。

この山の頂き近くにはサソリの隠し家の一つがある。
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