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第11章 斎児ーいわいこー



あの姿、あの声で喚きながら地団駄を踏むサクは確かに無理の言うように見物ではあろう。しかしそうなった場合、噛みつかれるのはどうせ私だろうから見たいとは思わない。

「ふ。流石生臭だな。見目良いサクに弱いと見える。会ってまだ日も浅いのに浮薄なことよな」

すぅすぅと手酌で盃を重ねながら無理が私をからかって弄ぶ。私は苦笑いして、それでも、と、無理を見た。酒がきいたのか紅い目は先程より黒みがかって顔つきは穏やか、恐ろしさは幾分か引く。だからというのではないが、思うことがすんなり言えた。いつものように。

「私は醜いものより美しいものが好きです」

無理が口当たりの冷たそうな清らに白い盃越しに目を細めた。

「いよいよ正直だな。坊主がそう言っては角が立つだろう。お前は矢張り阿呆なのだな」

「私が愚かなのに間違いはありませんが」

不承不承認める。間違いないのは確かだから仕方ない。
風が吹いて御簾が揺れた。乳香と草いきれが混じりあい、懐かしくやるせなくなった。
寺の暮らしを思い出す。そこで起きたこと全て。
辛いことも喜ばしいことも、全部私のもの。誰にも奪えない私のもの。胸が広がる心地がした。

「美しいものに惹かれるのは至極自然なことではないでしょうか。私だけではない。誰にでもある心です。けれど…真実、本当に惹かれるのは、そのものの…決して美しいとは言えないところ」

サクの八重歯や声、弥太郎の粗野な喋り。異形だが憎めない人外も、気味悪いが健気な幽的も。

黒炭の目。

真っ直ぐな瞳の周りを覆う爛れの名残りの引き攣った傷跡。

背筋のしゃんと伸びた小柄で丈夫そうな姿と、強い(こわい)髪の感触が身内いっぱいに溢れた。意思が強くて頑固とも言える真っ直ぐ引き結ばれた唇が、たまさか笑い綻ぶのを見るのが好きだ。爪の切り詰んだよく働く力強い手を握り締めるのが好きだ。

「私は底の浅い愚か者故、先ず見目に惑わされます。醜いものを初見から真っ直ぐ見ることが出来ない。ゾッとするし、薄気味悪く思うし、不憫で目を背けたくもなる。…けれどひと度惹かれてしまえば、その醜さは私を遠ざけるものではないのです。むしろより惹き付けて縛り付けるほどの愛着の元に変わる。私は…それが不思議で…不思議だけれど、好ましい」

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