第8章 真珠の耳飾りの少女(コラソン)
「正義の門」をくぐってから30分。
ここまで来れば緊急事態を知らせる信号を送っても、救援が来るまでかなりの時間がかかるだろう。
どの軍艦の船底にも必ず、浸水が起こると船外に排水するポンプが設置されている。
ある程度の浸水ならそれで対処して沈没を防げるが、船底外板が激しく損傷すればポンプは機能しなくなる。
海兵になるための座学で学んだことだ。
「船員が全員避難するまでに必要な時間は、最低でも10分だな」
それ以下だと、浸水を確認してから救命艇に乗り、沈没に巻き込まれないように安全な距離を取ることができない。
甲板に出ると、二人の海兵がデッキを見回りしていた。
「ロシナンテさん、お疲れ様です」
「ここは二人体制で見回っているのかな?」
「はい」
これが他の海ならば不十分な警戒かもしれないが、海軍本部からインペルダウンまでの海域では別の話。
ここを通れるのは海軍の船だけだから、たとえ天竜人の“所有物”を護送しているとはいえ、見回りは必要最低限で良かった。
二人が行ってしまってから、深呼吸を一つ。
“まったく・・・貴様の幼稚な計画で、海軍のメンツが潰れることになるな”
ごめんなさい、センゴクさん。
貴方から受けた恩を仇で返すような真似をしてしまって・・・
「でも約束は・・・絶対に果たします」
“お前が海兵でなくなっても、おれの部下である事には変わりない”
あの言葉は、すごく嬉しかった。
おれに揺るぎない勇気をくれた。
何があっても、お前はおれの息子だ───
そう言ってくれているような気がした。
「クレイオ・・・君はおれが絶対に守るからな」
空を見上げればそこには、ヒマワリが見つめ続ける絶対的な存在・・・太陽。
ロシナンテはゆっくりと胸に手をあてた。
「“凪”」
“ナギナギの実”の能力を発動するための言葉を呟いた瞬間・・・
ロシナンテの発する音が、この世界の誰の耳にも届かなくなった。