第1章 年下の幼馴染
今では私も働く社会人の身となり、お隣さんである楓とも顔を合わす機会はほとんどなくなった。
「そういえば、はな、楓くんには家を出る話したの?」
だから、そんな話をしてる訳がない。
母さんの突然の発言に、楓は切れ長の目を少し見開いて私を見た。
「なんだそれ?」
「この家を出て、アパート借りて一人暮らしすることにしたのよ」
決めたのは、ほんの1ヶ月前。
いずれ結婚してくれる思っていた彼氏が、私と結婚するつもりもなく遊びで付き合っていたことが発覚して、お別れをした。
結婚するまでは実家で甘えていればいいかと楽観的に考えていた私は、この歳にもなって自立できていないことに焦り出して、このままではダメだと思い、家を出て一人で生きてみることにしたのだ。
そんな恥ずかしい理由、楓には聞かせてあげられないけど。
「どこだ?」
「えーと、アパートの場所?」
相変わらず一言だけの楓の質問の意味を汲み取って、アパートの場所を説明してあげる。
ついでに次の日曜日に引越しをする予定だと教えると、楓が「引越し、手伝ってやる」と言い出した。
「え?あんた部活あるんじゃないの?」
「部活、午前だけだ。午後からならいい」
「あら、そうなの…」
家具家電はお店で購入した物を宅配で届くことになっていて、実家から運ぶものといえば衣類や小物を詰めたダンボール箱が数個あるくらいだ。
引越し業者に頼むまでもなく、親の車を借りて一人で持っていく予定だったのだけど。
「はな一人でやるって言うから、ちょっと心配だったけど、楓くんが手伝ってくれるなら安心だわ!」
母さんが喜び、楓も退かない様子だったので結局手伝ってもらうことになった。