第1章 ひと言の勇気 _前篇_
「でもお客さん
運がよかったですね。」
「へ…?
何でですか?」
そう聞くと
エプロンのポケットから
名刺サイズの紙を取りだし
僕に手渡した。
「二宮和也は水曜日のみ?」
確かこの人さっき
あの男性のこと和也って呼んでたし
今日はちょうど水曜日だ。
「店はね、毎日空いてるんだけど
和也は水曜日しか店に出ないの
その他は私ひとり。」
もう一度その紙を見ると
宇佐美波留は毎日
そう書かれていた。
「和也のデザートは
水曜日にしか食べられない。
だから水曜日は、通い詰めた
常連さんしか来ないの。」
私には才能ないから。
呟く彼女は何処か悲しげで
綺麗だった。
「その紙あげます。
また来てくださいね?
おいしいうちにどうぞ。」
悲しげな表情のまま
足早に奥の部屋に入って行った。
その姿を
ただじっと、二宮さんが見つめていた。
俺が気にすることじゃない。
そう思い直して
目の前にあるゼリーを口に運んだ。
「うまっ。」
程よい酸味と
口の中で溶けるゼリーの触感が
やみつきになる。
ゼリーを食べながら
横目で紙を見る。
TEARって名前なんだ。
たしかtearは、
涙って意味だったはず。
「また、来ようかな。」
空っぽになったゼリーの器を残し
その場を去った。
明日から
また憂鬱な日々が始まる。