第3章 ひと言の勇気 _後篇_
初めて受け持つクラスに
あの時は胸を躍らせていた。
副担任の時代から
俺は一人一人と
ちゃんと向き合っているつもりだった。
「今日の道徳は
何をするんですか?」
そう俺に聞く生徒の圭人は
とても人懐っこくて
笑顔の絶えない生徒だった。
「その時までのお楽しみ。」
「先生のケチ。」
道徳の時間は
映画を見せようと考えていた。
耳が完全に聞こえないわけではないため
この状態を維持しつつ
症状を徐々に軽減していく必要がある。
「こんなもんでいいかな。」
耳が聞こえずらい
だからと言って音を遠ざけず
触れ合う機会が必要だと思った。
「あ、先輩
今日は映画ですか?」
「おう。
字幕もついてるし
音に触れ合う機会を作らないと。」
映画を見せているクラスは少なくない。
皆も喜んでいたらしいし
これは取り入れないと
そう直感した。
「今日は、映画を見ます。
字幕もついてるし
何を言っているかわからなくても
音を聞くことが大切だから。」
みんな元気よく返事をする中
1人だけ
圭人は俯いたままだった。
映画を観終わると
また見たいだとか
楽しかったという意見が多かった。
「圭人。
映画、どうだった?」
そう聞くと
圭人は俯いた顔を上げ
机に置いてある教科書を
おもいきり投げ飛ばした。
「先生の意地悪。」
それが
圭人の口からきいた
最後の言葉だった。