第10章 文
夜が明けたばかりの部屋は、妙に静かだった。
いつの間にか、深い眠りに落ちて。
寝入ったときの姿勢のまま、目が覚めた。
覚醒した脳が全身に司令を下して。
視覚で、腕の中を。
触覚で、隣に残る温もりを。
聴覚が、周囲の音を。
嗅覚は、その残り香を。
全てを使っても。
その気配を感じ取れない。
抱き枕役の俺のまま、終わらせて。
腕に感じた重みも温もりも消えて。
綺麗さっぱりのつもりで、痼を残した。
「最後まで、あっさりしてやがる」
仕事柄か、起きるのが早い女だった。
今日も、早くから起きて片したのか。
少しずつ増えた私物が、跡形もなく消えていた。
俺の箪笥の一角にあった衣類。
台所の歯ブラシ。
専用の湯呑み。
その他の細々した物、全て。
「かえって傷つくわ」
無かったことに、してほしくねェんだ。
狡い言い方になるけど。
万事屋で過ごした時間を。
俺が抱き枕役だったことを。
俺と朱里ちゃんだけの。
秘め事だった時間を。
突き放した今になって、言えた義理じゃねェけど。
やっぱり、寂しいモンだよ?
その存在を、消しちまうっていうのは。