第5章 香
「てめェ等、何気に酷くね?」
「あの布団が好きって…甘い香りって…そんな言い訳通用しねェよォォォ。絶対、嗅覚に異常ありますよ!銀さんだって、さっき驚いたでしょう?固まったでしょーがァァァ」
「そうアル。だから救急車呼んであげた方が朱里のためネ」
「呼びますか、救急車」
「救急車ァァァ!」
神楽ちゃん、そんな原始的な方法で呼んでも、救急車は来ないよ…。
「騒がしくて悪ィな」
銀さんはばつが悪そうに言って。
「欲しけりゃやるよ、あの布団」
困ったように笑った。
「…お気持ちは、嬉しいです」
朱里さんはそう言った後、こう続けた。
「でも…布団は頂けません」
僕はこのとき、沖田さんの言葉を思い出した。
『相変わらず、地球滞在時間が短けェ女でさァ』
何故かを聞くには、可笑しな状況で。
欲しがっていない物を押し付けようとしている。
「朱里、家はあるアルか?」
神楽ちゃんも、沖田さんの言葉を思い出したのか。
神妙な面持ちで口を開く。
「はい。ここから数百メートル先に」
「近ェな、オイ」
銀さん、黙って。
「布団、持ってないアルか?」
「はい」
「どうやって寝るアルか?」
「基本、寝袋です」
見た目によらず、サバイバル派だよ、この人。
「時々、無性に布団で眠りたくなるんです…」
そりゃそうでしょう。
寝袋主体の生活してたら。
「そこで万事屋さんにお願いすれば、布団で寝れる手筈を整えて貰えると思って」
犯罪以外なら、何でも引き受けるのが万事屋ですからね。
「思った以上に居心地が好くて…」
加齢臭漂う布団の…?
「普通に考えたら、見知らぬ女が泊めて欲しいって…変ですよね」
はい、変ですね。
「今まで、ご迷惑…お掛けしました。坂田さん優しいので…甘えてしまいました」
朱里さんは、目を伏せて。
「前言撤回させてください。布団、頂きます」