第29章 昧
額に触れた温もりで、目が覚めた。
すでに朱里ちゃんは、隊服を着ていて。
相変わらず、物音を立てずに。
声もかけずに、出て行くつもりだったのかと。
今日ばかりは、それは優しさじゃねーだろ?
任務となれば、人が変わったようにしゃんとしてて。
刀と銃を装着したら、真選組の女だ。
「つれないね、まったく……」
ガキ共を気にして、何もしなかった。
何も、と言えば嘘になるけど。
布団に忍ばせた指を絡めて。
我慢できなくなった俺が、朱里ちゃんの布団にお邪魔して。
いつものように、一緒に眠った。
数時間前は、俺の腕の中にいたっていうのに。
俺が熟睡してから、抜け出して。
準備を終えてから、別れの口付けって。
「本当、困った女」
足音を消して、部屋を出て行く。
真っ直ぐに伸びた背筋。
一つに束ねた髪が、何かを絶ち切るように揺れた。
「ハグとか、ないの?」
玄関でブーツを履く背中に、声を掛ける。
足音を消して追う俺も、大概意地が悪い。
「……坂田さん」
窓の外から射し込む、僅かな光に照らされた横顔が。
朱里ちゃんの張り詰めた気持ちを代弁してて。
俺は少し心配になって。
その距離を縮める。
「……泣いてんの?」
視線を逸らさず、立ち上がった朱里ちゃん。
その頬が濡れてるのは。
見逃せない、事実。