第18章 欲
チキンライスができあがったのに。
求めるモノが。
オムライスから、唇に。
どのタイミングで変わったのか。
俺の腰がシンクに当たって。
その両側に置かれた手に阻まれて。
つま先立ちの朱里ちゃんが。
甘い誘いを繰り返す。
僅かに触れる唇を。
もっと深くと願うのは。
主導権を握られているからだ。
「お腹、空きました」
唇すれすれで吐いた言葉に。
それが、どちらなのかを問えるはずもなく。
俺はただシンクを掴んで、熱に堪える。
『何でこうなった?』
疑問が焦りになって。
浮かされた熱に、思考回路がぶっ飛びそうだ。
「オム、ライス、作って…あげるから、」
ちょ、待って。
マジで勘弁して。
息も絶え絶えに。
どうにか言葉を紡ぐ、この状況。
こんだけ煽られて、また不発だったら。
俺、立ち直れない。
「オムライスは、あとで」
え、何?
後でって何?
「今は、坂田さん」
今は、坂田さん?
俺、食べられちゃう?
「意地悪言う坂田さんには、」
俺の両側にあった手が、頬を包んで。
その感触は、ステンレスの冷たさ。
誘うように嗤った朱里ちゃんの表情に。
潔く目を閉じる。
『食べられるのもいいか』
悠長な考えも束の間。
ガブリと。
鼻の頭に噛みつかれた。
「仕返し、成功」
心底嬉しそうな表情に。
してやられた、と思うと同時に。
やっぱり、不発と。
悟られないように肩を落とす。
仕返しの仕返しに、乞うご期待。
そう予告できたら、どんなに楽か。