第15章 名
「!?」
慌てて腰を引こうとするから。
「逃げんの?」
「逃げない、けど」
「けど?」
「近い」
「…怒った?」
「怒って、ない」
「じゃあ、何、嫌なの?」
「嫌じゃない、けど」
「けど、何?」
「……急展開、すぎるじゃないですか」
何で、急展開?
昨日のアレが急展開で。
今日は序章だろ?
「だって、ハニーなんて…」
「いーじゃん、二人きりだし」
「坂田さんの口から、」
そこまで言うと、朱里ちゃんは肩を揺らして笑い出した。
え、俺、変なこと言った?
「私は、名前で呼んで欲しい」
俺も。
坂田さんなんて、他人行儀じゃなくて。
銀さんって、呼ばれてェけど?
「その声で呼ばれるの……好き、だから」
ちょ、その顔は反則だろ。
全力で名前、叫んでもいいってくらい。
可愛い顔、しやがって。
「……朱里ちゃん」
「はい」
「朱里さん?」
「はい」
「朱里」
「はい」
「朱里ちゃん」
「……はい」
どう呼んでも。
綻んだ笑顔を返す。
最後は困ったように、笑みを溢した。
「やっぱ、朱里ちゃん……だな」
呼び捨てにするのもいいけど。
当分、我慢するわ。
この関係が。
明確な名を得るまで。