Volleyball Boys 《ハイキュー!!》
第23章 ★"10年"と彼女《花巻 貴大》
『うぅ、彼がいっちばん良かったよぉ…』
「彼って、どちらさん?」
ぷちっと枝豆をさやから出してつまみながら、桃香ちゃんは訊いた。
『んっとねぇ、中3の時。そんなに長続きはしなかったよ?でもぉ、彼がいっちばんあたしのこと考えてくれたもん』
今にして思えば、自然消滅するには惜しい彼だった。気も利くし、話上手で聞き上手、ぶっちゃけると顔も好みで。
たかが中学生の恋愛ごっこ、とくくればくくれる。それでも、好きだったのだ。たった一時だったけど、それでも彼が、好きだった。
『会いたいよぉ…』
「なるほどねぇ。ま、次の恋でも探しな。うちの課であんたのこと狙ってる人いるよ?」
さ、飲みなさいな。そう言って桃香ちゃんはお酒を追加した。ぐびぐび飲んで、酔って。
すると、酔っぱらった同僚女子が他のお客さんに悪絡みしているのが目に入る。
奥の方の個室、テーブルを囲む男性4人の姿が目に映る。
その瞬間、周りの音が一切消えた。
同僚がイケメンに話し掛けるのとか、そのイケメンが満更でも無さそうに笑うのとか、その隣の男の人が取り成すのとか。
全部、聞こえなくなった。
だってだって、だって。
好きだった人がいたんだもん。
会いたいと思った人がいたんだもん。
『…うそ。貴大さん……?』
そして、ぽろりと、涙が溢れた。涙と同時に口から零れた名前は、とても懐かしくて、とてもあったかく感じた。
お酒のせい、とか、失恋直後だから、とかじゃなくて、純粋に。会いたかった。
「え、ちょ、海宙、泣いてる!?」
『あれ、涙腺ゆるいのかな』
ぐしぐしと目をこすり、涙を袖で拭く。それから同僚を連れ戻しに行く、という名目で彼らのテーブルに向かう。
笑い声が近付く。ふと、4人分の目線が集まるのを感じた。
「蒼井さーん、この人バレーの全日本なんだって!すごくない?」
『ふふ、そうだね。でも、お邪魔したら悪いから、向こう行こ?』
彼女の腕を取り頭を下げた。
『お騒がせしました』
行こう、と促して立ち去ろうとした刹那。
「待て!あ、いや、待って、ください」
パシッと、腕を掴まれた。
「海宙………?」
『貴大、さん………』
10年振りに正面から顔を見る。髪は茶色になったけど、ほとんど変わらない彼が、そこにいた。