第2章 白夜
小夜はその時、いつものように読書をしていたらしい。
クラスメイトたちの声をBGM代わりに活字を目で追っていると、「謙也くーん!」という甲高い男の声がしたのだ。
一旦顔を上げて振り返ってみると、教室の後ろの方の扉の前で小春と一氏がニコニコとした顔で白石と喋っていた謙也に手を振っていた。
『おー! 今行くわ』
ガタンと椅子を引いて立ち上がる。
他所のクラスから友達が遊びに来た時によくある光景であり、よくやるやり取りだ。
しかし。それまで謙也と一緒にいた白石が彼に続こうとした時。
立ち上がりかけた白石に、謙也が突然声を張り上げたのだ。
『しっ、白石は教室居り!』
指先までピンと張り、突っ張った手の平を白石の眼前に突きつけながら。
それはもう慌てた様子で言っていたらしい。
あまりの剣幕に白石は唖然とした顔で着席したが、当然留守番に納得したわけではなく。
胸に手を当てふぅ、と息づく謙也にスウッと細めた目を向けたのだ。
『…俺が居ったら都合悪いん?』
『あ、いや、その…』
怪しい奴の心を奥底から見透かそうとする目に、分かりやすく跳ね上がる謙也。
意味のない言葉を繰り返すうち、口八丁では場を凌げないと察したのか、ジリジリと一歩ずつ後ずさって
『ちゃ、ちゃう…ちゃうねん。あの…白石の苦手な話やから…せや、アレや…あの、ぎゃ…逆ナンの話やからああぁぁ!』
「ぎゃ」と言い詰まった時に、素早く踵を返し、「逆ナンのはなしやからああぁぁ!」と叫びながら走り去ったのだ(小春と一氏をちゃっかり回収して)
彼が走った後の道に塵が舞い、残像が生まれるくらいのスピードには追いつけなかった白石がポカンと口を開けてもう見えなくなった謙也の背中を見続けていたそうだ。