第2章 白夜
キャーッ! 蔵リン素敵ィ~!
少女漫画をめくっている時の、夢のような気分を前に、「なぁ、休み時間終わるで小春」と制服の裾を引っ張ってくる一氏の手を、つい手厳しく払い除けてしまった。
『手伝うわ』
『えっ、あっ、大丈夫。一人で持てへん重さでもないし』
『でも結構重さあるし、ここまでだけでも大変やったやろ』
『いや、でも…悪いし…』
ふと我に返って、自由になった手で持っていかれたプリントの束をそっと掴んだ。
それでも白石はプリントを離さず、更に優しそうな笑顔を浮かべていた。
『男が力仕事手伝う言うてる時は、そのままコキ使こたらええねんで』
優しい顔に優しい声色で、威圧しているというわけではないのに、何故か有無を言えない。
部活の時、白石が時たま出すこの雰囲気。小夜もそれを感じ取ったのか、何か言いたげだった口を噤んで
『じゃあ…お言葉に甘えて…お、お願いします…』
と、今にも消え入りそうな声でそう言って、二人並んで教室へと向かったのだそうだ。
「…ってことがあったわねぇ。まるで漫画の世界みたいでエエ時間やったわぁ」
小春の話が一息ついたところで、それまでうんうんと破顔して聞いていた謙也が「ほーら見てみぃ!」と息巻いた。
「やっぱり俺が言うた通りやんけ!」
「確かに…それはちょっと怪しいな」
「せやろ!?」
「仮にそうやとしても『で?』って感じはありますけどね」
「リアクション薄っ!」
どや! これまで以上に目を輝かせる謙也と、少しだけテンションの上がった一氏。
一氏と概ね同じようなテンションで身を乗り出す小春。
そんな中で変わらない財前の口からは、本日三度目の深い溜息が吐き出された。
何が悲しくて自分の先輩と、ほとんど姉のような幼馴染との噂話を聞かされなくてはならないのだ。
家族でベッドシーンを見る時くらい居た堪れない気分になる。
「っていうかユウジはその場に居ったのに何とも思わんかったっておかしない?」
「俺がそん時考えとったんは『小春、何で一、二組の方ガン見しとんやろ』くらいやったからや」
「どんだけ小春以外眼中にないねんお前!!」
いつの間にかテニスウェアに着替えていた謙也と、未だにシャツのボタンにすら手を掛けていない一氏の声が部室に充満する。