第2章 白夜
『ちょお待ってや小春ぅ~』
『イヤよ! アンタがモタモタしとったせいで休み時間終わってまいそうやないの!』
確かこんな風に軽口を叩き合いながら、トイレから廊下に出てきた時の事だったらしい。
そのまま教室に戻ろうと歩き始めたら、二人が出て来たトイレから出て来た白石が、自分たちとは(教室の一的な理由で)反対方向に歩き出したのを視界の端で確認したのだ。
一氏の『小春どないしたん?』という声には反応せず、小春に気付いた様子もなく歩く白石の背中に駆け寄って、声を掛けようとした、その時だった。
『高野さん!』
口を「蔵リン」の「く」の形にした小春の上に被せて発せられた白石の声。
そんな彼が小走りで向かった先は、プリントの束を両腕に抱え、地球儀や大きくプリントアウトした地図を丸めた物を小脇に抱えた女子のもとだ。
その女子は「コウノさん」と呼ばれた瞬間にピタリと歩を止め、大きなアーモンド型の目が白石の方を見ていた。
あ、あの子が高野小夜ちゃんか…。
話には聞いていても、ちゃんと見たことはなかった彼女の綺麗なお人形みたいな顔。
小春はその時、初めてしっかり認識した。
『白石くん。どないしたん?』
『どないしたんは俺のセリフやで。そんなようけ荷物持って』
『ああ、コレは…さっき向こうで社会の先生と会うて…そしたら先生、職員室に忘れモン思い出したらしくて…そんでコレ持ってっといてって頼まれてん』
ブドウを一粒食べた時に口に広がる、酸味と甘味が入り混じったような雰囲気。
興味本位で二人のやり取りに耳を凝らしていると、「そうか、次社会やもんなぁ」と言いつつ、彼女が腕に抱えていた 荷物を、攫うようにして白石が持ったのだ。
そして一言
『教室までやんな?』
と、思春期を迎えた女子なら誰もが憧れる、それはそれはハンサムな笑顔(小春談)を携えて言ったのだそうだ。
突然少女漫画のような体験をした小夜は、目をぱちくりとさせた。