第2章 白夜
だから主語が抜けとんねん!
既に事情を知る財前が心の中でツッコんでも、謙也に気付いた様子はない。
小春が顔を見合わせてから、改めて謙也に向き直った一氏が、数分前の財前と同じような顔をしていた。
「ケンヤお前…ええ加減学習せえや。将を射んと欲すればまず馬を射よってことわざがあるやろ」
「誰が馬やねん」
「アタシは謙也くんってめっちゃ魅力的やと思うけど…女の子たちがそれに気付くんはまだちょっと早いと思うねんよぉ…」
「いや、俺やなくて白石! 白石の話!! 俺らのクラスの奴で…ホラ、こないだ言うとった高野や高野! 楽しそうに世間話しとってんって!」
数分前の財前と似たような反応をしたユウジと小春がもう一度顔を見合わせる。
一氏がヤレヤレと肩を竦めながら首を左右に振った。
「言うに事欠いて白石に仲ええ女子て…どうせ何か連絡事項あったとかそんなんやろ。なぁ、財前」
「俺も言うたんですけど、謙也さん聞いてくれんくて…」
「ホンマやもん! 俺の従兄弟が持っとった漫画で見たことある感じやったもん!」
「『もん』とか言いなやキモいねん!」
寝起きの大阪のおばちゃんなら「うるさい!近所迷惑やで!」と怒鳴り込んできそうな音量で繰り広げられる押し問答。
喧騒の隅っこで、小春が口元に人差し指を当てて何かを考え込んでいるような表情を浮かべていた。
「…先輩?」
財前が、目線を小春にやると「ああ、いや…」と、ブリッジ部分に指をかけてクイッと異眼鏡を押し上げた。
「謙也くんに言われるまで忘れとってんけど、そういえばユウくんとトイレ行った時に…」
部活やない時にも連れションまでしとうとかキモいっすわ。
そんなツッコミをグッと飲み込む傍で、小春が三日ほど前の休み時間の事を話し始めた。