第2章 白夜
いや、別に財前自身は、ただ自分に不利な立場で運ばれる話題から逃げたい一心でただ一言、こう言っただけだ。
「あの人に何や変なことしてへんでしょうね?」
モチロン、財前の言葉を否定するべく俺は「変なことって何やねん。俺がそんな奴に見えるんか」と、バシッと言ってやる気だった。
しかし、実際は
「変なことって何やねん。俺がそんな奴に見…」
までしか言えなかった。
「見えるんか」と言おうとした瞬間、ふと頭の中に自分の声が降ってきたからだ。
『皆な、羨ましいねん。美人で、頭も良くて…普通は中々持てへんモン何個も持っとう高野さんが羨ましくて…嫉妬しとうだけや』
えっ!? 俺、こんなキザな言い回ししとったっけ!?
自分の発言に戸惑って、一時停止ボタンを押されたみたいに声どころか全身が動かなくなったのだ。
いや、発言自体はハッキリ覚えている。事実だし、いつも冷静に見えた高野さんがその実そんなに苦しんでいたのかと知って、何とかしたいと必死で…!
いや、ナンボ何でもキザすぎやろ。 だって俺もサブイボ立つもん。
でもセクハラしたんちゃうし許して…なんて懺悔を心の中で繰り返していると、俺の記憶が「追加じゃボケ!」と言わんばかりに頭の中に映像をねじ込んできた。
固く握り締めて、スカートにシワを作る高野さんの手と、その上に重ねるように置かれていた俺の両手。
彼女の本音を聞いたその時に、居てもたっても居られなくなった結果、その手に自分の両手を重ねた俺の姿が、記憶の中から鮮明に蘇ってくる。
アッ、アウトーーーーーーーーーー!!
叫びたくなったのをどうにか堪えて、青空を尊び仰ぐように顔を天井と平行にする。
アホか俺! 彼女ちゃう子にコレはアカンやろ!! っていうか高野さんあの日から今日までよう普通に喋ってくれとったな!?
何しとん数日前の俺!! こんなんチャラ男や思われてもしゃーないやんけ!!
いや、でも高野さんの思考ってそこまで過激やなさそうやし、あっても…『やっぱり白石くんて慣れとんやろな…そういうん』くらい?
嫌や、あの声で言われたらメッチャへこむねんけど。どないしょ…今日どんな顔で会うたらええねん…