第1章 朧月夜
―そっか、そうやねんな
目の前の白石くんと、頭の中の光くんに向けて心の中だけでそう言った。
数学の自習の時、白石くんのように誰にでも慕われるような人が、どうしてこんな私を庇ってくれるのだろうと思っていた。
けれどそれは違う。こんな私にさえ優しく接してくれるような人だから、皆が彼を信じて、慕うのだ。
包帯越しにでも伝わってくる彼の左手の暖かさを知っているから、迷うことなく自分の信じる道へと進むことが出来る。
それを応援してくれる彼を、皆のために誰よりも前を走ろうとする彼を、今度は皆が助けようとする。
向かう場所は同じだと知っているから、皆が安心してそれぞれの方向へ行ける。強い自分に会いに行ける。
もし、私にも出来るのなら…。考えると同時に、後ろを振り返った。
後ろの席の男の子の名前を呼ぶと、どないしたん、と耳を傾けてくれる。
こんな彼だから、他の人には遠慮してしまうことも言えてしまうのだろうか。
「改めてやねんけど、お昼休みの時はホンマにありがとう」
そんな何べんも言わんでも、と言う白石くんにもう一度「ありがとう」と言ってから言葉を続ける。
「白石くんは、私に悪いとこはいっこもないって言うてくれたけど…私はやっぱり、あると思う」
その言葉を聞いた時、白石くんは一瞬「そんな事ない」と言いたそうな顔を浮かべたけれど、私の顔から悲観的になって言っている訳ではないことを察してくれたのか、私の言葉を待ってくれた。
「あれから白石くんの言葉と、自分の今までの言動とをずっと考えて…私、『言うても信じてくれへんやろな』って諦めて、結局人のせいにしとったんやなって、そう思てん」
「そんなん…しゃーない状況やん」
「それでも、諦めんと『ちゃう』って言い続けとったら、何か変わったかもしれん。せやのに、辞めてもうたから…やっぱり、私の努力不足やわ」
言っていることは、ポジティブかネガティブかで言えばネガティブだ。
それでも、不思議と後ろ向きな気持ちにはならない。寧ろ、前に進むための道が長いことに、ワクワクしている自分が居る。
心臓もバクバクと煩いけれど、自習時間の時のそれとは真逆だった。
「こっからは…もう逃げへんって決めた。皆に、少なくとも噂通りの人間ではないねんでって、分かってもらえるまで言うてみる」