第1章 朧月夜
ジーザス!
怪我人改め、高野小夜その人が視界に入った瞬間、そう叫びたくなる人間の気持ちが分かったような気がした。
願っていたようで願っていなくて、やっぱり少しは願っていた展開。
しかし、かなり痛そうに右目を両手で抑えて俯いている彼女の方は、それどころじゃないらしい。
一応「目ェにゴミ入った?」と聞いてみたが、俯いたまま弱々しく首を横に振るだけだ。
白石と口を利きたくないというよりは、目の痛みが深刻で、話す余裕がないように見える。
そうなれば…。白石は、付き添いでやって来たと財前に向けた。
「何処で怪我したか分かるか?」
「図書室です。脚立乗って仕事しとった図書委員がその人に落ちてきたん、俺見ました」
「そん時に相手のどっかが目ェに当たってもうたんやな…で、落ちてきたっちゅう図書委員は?」
「その人がええ感じにクッションになって怪我はなかったみたいです。すぐ逃げよりました」
何で彼女に怪我をさせたその図書委員が、彼女をここに連れてこないのか。
思わず口走りそうになったが今はそれどころではないし、そいつの代わりに連れてきてくれた財前に言っても仕方がない。
「とりあえず何か冷やすもん出すわな」とだけ言い残し、奥の冷蔵庫へと駆け込んだ。
タンスにあった氷のうを手に取り、冷蔵庫の扉を開ける。透明色の宝石みたいに積まれた氷に手を伸ばし、一つずつ氷のうに入れる。
「…大した事ちゃうから、ここまでして貰わんくてもええのに」
「よう言うわ。ぶつかった時はよう立たんかったくせに」
少しすると、後ろからポツリポツリと財前と彼女の話し声が聞こえてきて、多少は目の痛みが和らいだのだなと、ホッと胸をなで下ろす。
最初は小さな音量で話していた二人の声が、徐々に大きくなっていく。
終いには、蛇口から出る水を氷のうに入れる音より大きな声で喋っていた。