第1章 朧月夜
「じゃあ、内容もあらかじめ決められとったん?」
普段より少しトーンを落とした声でそう尋ねた途端、森くんの肩がビクリと飛び上がった。
それまで自分も被害者だと言わんばかりだった顔や声が、サッと青白くなっていく。
目を何往復も泳がせたり「そっ、それは…」なんて、声を上擦らせたりさせているではないか。
獲物の隙を見つけた肉食獣のように、白石の目がキラリと光った。
「森くん自身で決めたって事? 何で? 一発芸なんか星の数ほどあるやん? それこそ自分一人で出来るやつもあるやん? 何でいちいち高野さん巻き込むん?」
「いや、それは、その…」
「そもそもウケるウケへん以前にギャグで済む問題かどうかも考えんかったん? それとも分からんかった? ほな何で訊かへんの? そんなようけ友達居るんやから訊いたらええやん? 何のための友達やねん」
自分では到底太刀打ちのできない質問の雨嵐。
助けを求めようと、森くんが後ろを振り返った時には、彼の友人たちは決まりが悪そうな顔を浮かべて目線を地面に向けていた。
間違っても、森くんと目が合わないように。
仲間に見離された悲しみや、公衆の面前で咎められている羞恥心が混ざり合って、彼の頬が赤く染まっていく。
とうとう耐えられなくなったのか、森くんが白石を睨みつけて声を荒らげた。
「さっきから、お前っ…鬱陶しいぞこのええかっこいしぃ!! 何も皆の前で言わんでええやんけ!!」
辛うじて残っていたプライド全てで叫んだ森くん。
きっと彼は、今の彼自身を「カッコ悪い」だの「惨め」だのと思っているのだろう。
自分を守ってくれるものが何もない森君に冷めた目線を投げ付けると、それだけでビクリと肩を震わせる。
苛立つ気持ちと、彼を少しだけ「可哀想」と思ってしまったことに、思わず深い溜め息が溢れた。
「さっきお前がやっとった事と何がちゃうねん」
僅かに現れた哀れみの気持ちを断ち切るように浴びせた言葉は、森くんの耳や首をも赤くさせるには十分な威力だった。