第1章 朧月夜
教室の胸糞悪い教室の空気が、白石の肌を不躾に撫でる。
校風から、生徒や教師が一発芸と称して、時に体を張ったり、時に話術を使ったりして周囲の人間たちから貪欲に笑いを取ろうとする姿は何度も見てきた。
面白ければ拍手の代わりに笑い声を上げるし、面白くなくても親愛の意味を込めて野次を送ったりもした。
しかし、野次の前に拳を飛ばしたくなる一発芸を見たのは初めてだ。いや、こんなものを芸と呼んでいいはずがない。
恐る恐る、一方的に森くんのネタに利用された高野小夜の方を見やる。
呆然と立ち尽くす彼女は、喚き散らしたり、泣き出したりする素振りこそ見せない。
それでも、机の上に乗せている両手や、力なく伸びている足元が微かに震えていて、傍目から見てもショックを受けているのが分かる。
「えっ…アレ、落ち込んどんちゃう?」
「キャハハハハ! キモーい!」
「ホンマに告白されるとでも思っとん? どんだけ自意識過剰やねん」
「誰がお前なんか好きになるかっちゅーねん!」
誹謗中傷の嵐は止まない。
それどころか、落ち込んでいる姿を見て面白がっているように下品な笑い声が加速する。
罪悪感など髪の毛先一本分もない言葉の雨あられは、秒刻みで酷いものになっていく。
加害者たちの態度こそがさも当然のように、誰もが彼女を見てあざ笑っていた。
納得いかない。
無抵抗な人間に対して、こんな風に寄ってたかって言葉で攻撃するなんて、普通じゃない。普通にしていいわけがない。
気づけば白石は、どんどん上がる室温ごと、息を大きく吸い込んだ。
「なぁなぁ! 今の一発芸ってどこでわろたらええん?」
ビリビリと空気が痺れるくらいに響く大きな声。
それは、気持ち悪ささえ感じる生温い空気を一気に奪い去っていくには十分だった。
冷や水でもかけられたみたく、一瞬で静まり返る教室。
すごむように白石のもとへやって来た森くんは、まるで有り得ないものを見るような目で見返してきた。