第1章 朧月夜
「へー…。でも、それ別に皆が言うほど感じ悪ないやんな?」
謙也の感想は、そのまま当時の白石の感想でもあった。
名前を呼ばれて振り返った顔にも、(断りこそしたものの)言葉選びにも、彼女からは敵意も悪意も微塵も感じなかった。
もっと雑に対応をされることも想定していた分、肩すかしをくらった気分さえしたくらいだ。
「俺もそう思てもう一回くらい食い下がろうとしたんやけど…」
「けど?」
「…女子のグループに呼ばれて、あっちゅー間に引き剥がされてもた」
「あー…『あの子性格悪いから関わらん方がええで』的なアレか」
白石が黙って首肯すると、短く溜め息をつく謙也。
上から被せるようにして白石を呼ぶ大きな声と、半ば強引に腕を引かれた先で囁かれた高野小夜の悪評たちは、今でも耳に残っている。
「そうは言うても、席前後なんやろ? 喋るチャンスなんかなんぼでもあるんちゃうん?」
「俺もそう思とった。最初の一日二日は」
初めて会話した日からチャンスを伺ってはいたが、放課後は白石には部活があるし、彼女も彼女ですぐに教室を出て行く。
であれば授業時間とその間に設けられる休み時間しかないが、初めて会話した日の二の舞になるのがオチだろう。
教師からの伝言を伝えるために話しかけたクラスメイトにすら無視される高野小夜が、自分から白石に声を掛けてくる確率など絶望的だ。
「上手いこといかへんなぁ…」
「あと考えられるんは…ワザと避けとうとか?」
謙也の一言が返ってきたそれは、白石の頭のどこかで考えていた可能性でもあった。
小春の話から察するに、ここ数日で白石が見た三年二組の日常は、そのまま彼女が今まで送ってきた学校生活そのものなのだろう。
誰かに声をかけられる事などまず有り得ない。無視をされるのは当たり前。
少し何か動いたり喋ったりするだけで、教室のあちこちからクスクス、ヒソヒソと絶え間なく囁かれる。
そんな毎日を余儀なくされて、クラスメイトと関わりたいなどと、思えるわけがない。
仮に彼女がクラスメイト一人一人に復讐を考えていたとしても、心情は察せる。
至極自然な流れに、ふぅっとため息をついて、頭をガシガシ掻き毟る白石。
つられるように、謙也もため息をついた。
「今回に限った話ちゃうけど、お前ホンマ気ィ遣いぃやな」
「周りが過剰なだけやろ?」
「まぁ、それもそやけど…」