第1章 はじまりは…
雪はほとんど溶けて、桜の木はピンク色の蕾をつけ始めていた。
「…いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に におひぬるかな」
好きな和歌の一つを口ずさむ。
一週間くらいすれば桜の花も咲きそうだ。川沿いの桜並木を見上げながら歩いていると、学生服の男の子が私の横を走り抜けた。
「あれ、孝支君…?」
なんとなく直感的に、そう思ってしまった。
その後すぐ、思わず口に出してしまったことを後悔した。目の前の男の子は、わざわざ足を止めてこちらを振り返る。走って上がった呼吸を整えながら、怪訝な顔で私を見つめた。
優しそうな目元に、泣きぼくろ。
風になびくふわふわと細い癖っ毛。
ーーー孝支君だ。
まる5年くらい会ってなかったけど、すぐに分かった。
「…あ、やっぱり孝支君だ…!」
人違いじゃなかったことにホッとして、私は駆け寄った。孝支君はまだ戸惑いながら私のことを見つめている。仕方ないか、もうずっと会ってないんだし…。なんか悪いことしちゃったな…。
「野村だよ。野村みなみ。小さい頃よく一緒に遊んだの覚えてる?」
孝支君が目を見開いた。
「みなみちゃん…?」