第1章 はじまりは…
今日から新生活。
ついこの前まで学生だった私が、今日から社会人。初出勤前日の夜は緊張でなかなか眠れず、結局眠りについたのは明け方近くになってからだった。
ベッドから抜け出して鏡を見ると、目の下にはみごとなクマができていた。唯一の救いは、新しい門出にぴったりの晴れた空なこと。
新しいスーツに腕を通してメイクをし、一日のスケジュールを心の中で確認しながら、何か失敗したらどうしよう、なんてネガティブな考えに染まる。目の前に置かれた焼きたてのトーストは、食べる気になれないままどんどん冷めていく。
一緒に食事をしていたお母さんが、そんな私を見かねたのか声を掛けてくれた。
「いよいよ今日からね。大丈夫だから頑張ってきなさい」
「う、うん…頑張る…」
私はうつむいたままボソリと返事をして、やっとトーストを口に運んだ。
「大丈夫よ、烏野高校は孝支君も通ってるらしいし」
「こうし君…?」
聞き慣れない名前で、私はお母さんを見た。
「やだ、忘れちゃったの?菅原孝支君。小さい頃よく遊んでたじゃないの」
「あっ…」
思い出した。お母さんの友達の子供で、5歳年下の男の子。どっちの家も親が共働きだったから、よく片方の家に子供を預けて面倒見てたっけ…。
「そっか、孝支くん烏野高校なんだ…」
最後に会ったのは私が高2の時だっけ…?受験生になるから、ってあんまり会わなくなって、それきりだったかも…。
「もう何年も経つから、会っても分からないかもなぁ…」
「昔から可愛い子だったから、すごいイケメンになってるかもしれないわよ…!」
「…もう、なんでお母さんが嬉しそうなのよ…」
ミーハーなんだから…。お母さんは昔から孝支君のことになると、アイドルに憧れるファンみたいなキラキラした顔になる。そんな様子に呆れてしまい、さっきまでの緊張が少し緩んだ気がした。
「うふふ、学校で会ったらよろしくね。また遊びにいらっしゃいって伝えておいて」
「うん、分かった」
なんとか朝食を食べきって支度を済ませ、私は家を出た。