第4章 それぞれの帰り道
「だってみなみさん、何かあった時はむりやり笑ったり、元気に振る舞おうとするだろ?今日はそんな気がしたからさ」
彼女は小さくため息をついて、困り顔で笑った。
「孝支君には分かっちゃうか…。そりゃそうだよね、小さい頃から一緒だもの…」
「トーゼンだろ。てゆーか、みなみさんは自分が思ってるよりずっと分かりやすいかんな」
「そ、そんなことないわよ…!」
「いーじゃん、そんだけ素直って事なんだし」
「そうかな…」と彼女は納得がいかない顔で唇を尖らせる。
「…俺だってもう高3だしさ、まだ頼りないかも知んないけど、話聞くくらいなら出来るよ」
「他に聞いてくれるヤツがいるなら別だけど、」と俺は付け加える。みなみさんは小さく首を振って答えた。
「ううん、頼りにしてないわけじゃないの。相談しようにも、自分でもどうしたら良いか分からなくて」
少しの沈黙の後、またトボトボと歩きだした彼女を追う。そしてかろうじて聞き取れるくらいの大きさで、ポツリと呟いた。
「…お母さんにね、恋人ができたらしいの」
俺は思わずみなみさんの顔を見つめた。彼女はうつむいたまま、でもなるべく暗くならないトーンで続けた。
「うち、お父さんが亡くなったじゃない?それで、前にお母さんに言ったの。もしお父さん以外に好きな人が出来たら、私のことは気にしないでね、って」
春の夜風がさわさわと木の葉を揺らした。
俺はただ静かに相槌をうった。
「でも、いざそんな話を聞かされちゃうと、やっぱり複雑で…。そりゃあお母さんには幸せになってほしいし、応援もしてるけど…。どっちつかずな自分がちょっと嫌なのかも。ホント勝手よね…」
そこまで話して、彼女はまた口をつぐんだ。
今でも覚えてる。俺がまだ小学6年生の頃、そしてみなみさんが高校2年の冬の日だった。
夕飯を終えて突然鳴り響いた電話。受話器を取ったみなみさんがどんどん青ざめていくのを見て、なにか不吉なことが起きたんだと直感した。俺にぽつりぽつりと事情を説明してからソファに座り込み、それからじっと動かずに、ただひたすら待った。この世から音という音が全て消え失せたみたいに、しんと静かだった。ただ時計の秒針だけが、ゆっくりと確実に時を刻んでいた。