第1章 はじまりは…
にこにこと微笑むその人を前に、俺の脳はフル回転で過去の記憶を次々に引っ張り出した。俺のことを下の名前で呼ぶ人は少ないし、身内にこんな人いたっけ…。
俺の戸惑いが伝わったのか、その人はふっと笑って付け加えた。
「さすがに何年も会ってないと分からないか…」
「えっと…す、すみません…」
「野村だよ。野村みなみ。小さい頃よく一緒に遊んだの覚えてる?」
野村みなみ。
懐かしい響きの名前だった。
ただ、記憶の中のその人と、目の前の女性を比べてみてもピンとこなかった。記憶の中の彼女のイメージは、もっと素朴な感じだったから。薄く化粧をしてるせいなのか、少し痩せたからなのか分からないけど、前よりもぐっと大人っぽく…というか、色っぽくなった。
言われてみれば確かに面影があるような気がするけど、こんなに背低かったっけ…?もしかしたら俺の背が伸びたのかもしれない。
「みなみちゃん…?」
「そうそう、思い出してくれた?」
目の前の人はふわりと笑った。
そうだこんなふうに、まるで春の陽だまりみたいに笑う人だった。
その人ーーー野村みなみは俺の5つ上で、近所に住んでいる幼馴染だった。(幼馴染というより、姉という感覚に近いかもしれない)母親同士の仲が良かったから、小さい頃はよく遊んでもらった記憶がある。
「覚えてるよ、よく遊んでもらったし!…というか、すげー変わってて全然分かんなかった!」
えへへ、と照れくさそうに笑ったあと、彼女も俺を見上げて言った。
「孝支君こそ、背伸びたね!私よりも小さかったのに…」
「そりゃ伸びるよ。もう高3だしさ!」
「そっかぁ、もう高3なんだね」
そう言ってから、彼女はなにか意味ありげに俺を見つめた。
「…孝支君、烏野高校でしょ?」
「え…そうだけど、なんで知ってんの?」
驚いて聞き返すと、彼女はいたずらっぽく笑って言った。
「ふふ、実はね、私今日からそこの先生になるんだ!」