第1章 はじまりは…
朝の光がカーテンを透けて部屋に射し込む。
今日は久々に朝練がない日で、いつもよりゆっくり寝ようと目覚ましをかけたのに、習慣とは恐ろしいものだ。
枕元の時計は午前5時50分。
アラームが鳴る時間まであと1時間以上もある。
俺は眠い目をこすりながら身体を起こし、大きなあくびとともにグッと伸びをした。
(せっかく朝練無い日なのに…なんか損した気分だな)
カーテンを開くと、外は気持ちの良い春の快晴だ。何となくこのまま二度寝するのはもったいない気がして、俺は部屋を出た。
家族はまだみんな寝ている。
静かに階段を降りて、適当に朝食をとり、早めに支度を済ませたところで母さんが起きてきた。
「あら孝支、おはよう。今日は朝練ない日じゃなかったの?」
「あぁ…うん。そうなんだけど目が覚めちゃってさ。早めに行って部室で時間でも潰そうかと思って」
「そうなの、新学期から大変ねぇ」
「昼は購買で買うから弁当はいーよ」
会話をしながら靴を履く。
「分かった。じゃあ、気を付けてね」
「ん、じゃあ行ってくる」
「そういえば今日からだったかしら、あの子が来るの…」
出かけ際に母さんが独り言をつぶやいたけど、長くなるのも面倒で、聞こえないふりをして俺は家を出た。
今日から新学期。
通学路の途中にある桜並木はまだ蕾のまま。あちこちから開花宣言が聞こえてくるけど、ここ宮城の桜が咲くのはもう少し先になりそうだ。
空気がひんやりして肌寒い。少し走れば温まるだろうかと、俺は駆け出した。
先を歩いていた女の人をひとり追い抜いた時、突然後ろから声をかけられた。
「あれ、孝支君……?」
驚いて振り向くと、さっき追い越した人が目を丸くして立っている。
「…あ、やっぱり孝支君だ…!」
その人は俺の顔を確認して、ぱっと笑顔になり駆け寄ってきた。
綺麗な人だった。多分俺より3、4コ年上。華奢な身体にまとったスーツはピシッと糊がきいていて真新しい。スカートからスラリと伸びた脚と汚れのない革靴。細い首元には小さいチャームのついたネックレスが控えめに光っている。胸より少し下まである黒髪は、後ろで一つに束ねられており、シンプルな髪型が、彼女をこざっぱりとした雰囲気にしていた。