第11章 ふたりの距離
「…ちょい待ってて。スマホあるから大地に電話してみる」
「……うん」
スマホの画面が辺りを眩しく照らした。リストから大地を選んでコールすると、何度も呼出音が鳴ったあとでようやく大地が出た。まだ衣装合わせの途中らしい。
「スガ、どーした?」
「すまん大地…いろいろあって、実は今、倉庫に閉じ込められてる」
「……は?」
「話せば長くなんのっ!悪いけどすぐ助けに来てくんねぇ?」
「あ、あぁ、分かった…」
「あと…」と、俺は出来るだけ平常心を装って付け加えた。
「…実は野村先生もいる」
「はぁ!?なんでだよ?」
「い、色々あって不可抗力だったんだよ!誰にも言うなよなっ…!」
「つっても原田が離してくんなそうだしなぁ…」
そう言った大地が、電話の向こうでニヤリと笑う気配がした。
「いい機会じゃないか。言うだろ?雨降って地固まるってさ」
「は…?」
「最近ギクシャクしてたみたいだからな。この際しっかり話してみたらどうだ?」
「そっ、そーいう問題じゃっ…」
「とにかく今手が離せないから、一段落したらそっちに行くわ」
有無を言わさずにブツンッと会話が途切れ、無機質な不通音が鳴る。がっくりと肩を落とした俺を見て、みなみさんが不安そうに聞いた。
「…澤村君、何だって?」
「あ〜…うん。設営が立て込んでるらしくて、一段落したら来るってさ。まぁ、そんなにかかんないと思うけど」
「そっか…」
小さくため息をついて、みなみさんは壁を背にしゃがみ込んだ。
「ごめんね…こんな事になっちゃって…」
「いや、みなみさんのせいじゃねーべ。まぁ、スマホ持ってて良かったよ。待ってれば大地が来てくれるって!」
「うん…」
締め切ってしまうと、カビと埃っぽい臭いが余計に鼻につく。沈黙を誤魔化すように俺は咳払いを一つして、もう一度鍵が開かないか確認した。ザラザラに錆びついた鍵は一ミリも動く気配がなく、俺は仕方なくみなみさんの隣に腰を下ろした。
すぐ横に、みなみさんの細い肩。
お互いの距離、5センチメートル。
ぴったりと寄り添うこともなく、
かと言って離れ過ぎもせず。
これがみなみさんと俺との、今の距離。
すぐ触れられる距離なのに、
みなみさんの心は、
ずっとずっと遠くにある気がした。