第9章 特別なひと
「あ、あれ…?」
立ち上がろうとした瞬間、視界がぐらりと揺れ、私は思わず膝をついた。ゆらゆらと揺れる水面に合わせて、タイル張りの底も波打っているような感覚だった。
(ど、どうしよう…。考えてたら長湯してのぼせちゃったかも…)
腕と膝で体を支えながら、私はなんとか湯船から這い出た。壁を支えにして一歩ずつ歩き、脱衣所で身体を拭いてからどうにかパジャマに袖を通す。
脱衣所を出て、私は扉を背にその場でズルズルとしゃがみこんでしまった。
(気持ち……悪い…)
頭がぼーっとしてクラクラする。
汗が吹き出し、胸や背中を伝って流れる。
濡れたままの髪の先から、
ぽたりぽたりと雫が落ちる。
体育座りをして膝小僧に額をくっつけるような体勢で、私はそのまま動けなくなった。
「みなみさん…?」
しばらくそのままでいると、不意によく知っている声がした。のろのろと見上げると、きょとんとした顔の孝支君が目の前で私を見下ろしている。
「ひゃあっ…!むぐっ…」
「しーーーっ!!」
まさかこんなタイミングで当の本人が目の前に現れるなんて。びっくりして思わず大声を上げてしまった私の口を、孝支君は慌てて塞いだ。
「もう消灯の時間だから…!あんま騒ぐと大地に叱られんべっ…!」
「ご、ごめん…」
ホッとため息をついて孝支君は身体を離した。それから汗を拭う私の顔を見て、ギョッとする。