第9章 特別なひと
******************
食堂の片付けが終わった後、私は一人シャワーを済ませて熱い湯船に浸かった。消灯の時間を過ぎているから、他の皆はもう布団に入っている頃だ。食事の時あんなに賑やかだったのが嘘のように静まりかえり、浴室に響く音以外は何も聞こえなかった。
水面にキラキラ反射する照明の光をぼんやり眺めながら、この前の孝支君の言葉を思い返す。
《…なら、俺にもチャンスはあるってことだよな?》
《だったら俺にしとけばいーべ。付き合いはこっちのほうが長いんだしさ》
「……冗談だ、って笑ってたじゃない…」
小さくつぶやいた言葉が浴室に反響する。
《菅原、野村先生のことすごく慕ってると思います》
《アイツ、先生が部活に来るのと来ないのとでは、はりきり方が全然違いますから!》
もしかして、清水さんも澤村君も、最初からずっと知っててあんな風に言ったんだろうか…。だとしたら、私はすごく残酷なことを清水さんにしてしまったのかもしれない。“菅原君のトスは影山君のより安心するって本人に伝えてあげて。すごく喜ぶと思うから”なんて。そんなの、私なんかから言われたくないに決まってる。
いたたまれなくなって、私は思い切り息を吸ってから、そのままお湯の中に顔を突っ込んだ。まとわり付いてくるもやもやした思考を追い払うように、ブクブクと勢い良く息を吐きだし、呼吸がもたなくなったところで顔を上げる。
「ぷはっ…!!はぁ…はぁ…」
それでも渦巻くような感情は、全然収まってはくれなかった。呼吸が整ってから、何度目かのため息をつく。
「はぁぁぁ…」
(……そりゃあ確かに高校生になって、昔と違って頼もしくなったし、背だって伸びて大人っぽくなったし、バレーをしてる姿はすごく格好いいとは思うけど…でも…)
でもーーー
「私は…私は…昔のままのつもりだったのに…」
私の中では、孝支君は最後に別れた時の、まだ小さいままの孝支君で、私が面倒を見てあげなきゃいけない存在で…。その延長線だと思ってた。赴任して、久しぶりに再会してからずっと。
いつからそれが変化してしまったんだろう…。
このままでは八方塞がりになりそうで、私は思い切り首を振った。髪についた雫が勢いで跳ねる。
(このままここで考えてても仕方ないわ…。とりあえずお風呂から上がらなくちゃ…)
