第9章 特別なひと
「そんな時、菅原が声を掛けてくれたんです。『困ってるなら言えよ、1年全員、4人揃って勝たなきゃ意味ないぞ』って。菅原は何気なく言ったのかもしれないけど、“プレイヤーとしてコートで闘ってない私もここに居ていいんだ”って、“仲間なんだ”って、励まされた気がしました」
そこまで言って、清水さんは私の方を見る。
「…菅原、野村先生のことすごく慕ってると思います」
「えっ…?そっ、そう…?」
突然引き合いに出され、私は思わず手を止めて清水さんを見つめた。清水さんは、真っ直ぐな目で私を見つめ返してくる。その瞳に何かを問われているような気がして、私は視線を外した。
「…確かにそうかもね。お互い家も近いし、親同士の仲が良くて、昔からよく遊んでたし…。弟みたいなものかな…」
「…違います」
清水さんはまたうつむいて静かに首を振る。
「先生が思ってるようなのじゃなくて、菅原にとって、野村先生はすごく特別な存在なんだなって思うんです」
「特別……?」
「私は…それが羨ましくて、ちょっと悔しい」
そうポツリとこぼして、清水さんは最後の食器を洗い終え、蛇口を捻った。キュッと音を立てて、水が止まる。
「え、特別なってどういうーーー」
「じゃあこれ、最後の一枚です」
私の言葉を遮るように、清水さんが皿を差し出す。私が思わずそれを受け取ると、何事もなかったかのように柔らかい笑顔を浮かべて言った。
「今日は一日ありがとうございました。私、家が近いのでこのまま帰りますね」
「あ、う、うん…。気を付けてね…」
清水さんは手早く荷物をまとめ、ペコリと会釈をして出て行った。急に静かになった食堂に取り残された私の頭の中に、さっきの彼女の言葉が何度も響いていた。
《孝支君にとって…特別な存在…》
それって、つまり…
孝支君が私のことを…
好きだ、ってこと…?