第9章 特別なひと
孝支君が頭を下げる気配がした。澤村君と東峰君は無言で合図を交わし、静かにその場を離れる。私も目線で促され、二人の後について歩いた。廊下を歩きながら澤村君が言う。
「…気合い入れんぞ。一回でも多く勝つ」
「おう…!」
東峰君が力強く頷いた。
二階へ続く階段の踊り場まで来たところで、澤村君は立ち止まって私を振り返った。
「すみません、野村先生まで巻き込んでしまって…」
「いいのいいのっ、気にしないで…!」
そう言って、私は胸の前で手を振る。
「すごいなぁ…私だったら、絶対ひねくれちゃうもの。もしも後輩が自分より才能溢れてて、センスがあったら。菅原君みたいに、後輩に道を譲って、自分は自分の道を模索するなんて、なかなか出来ないことだわ」
「スガもつい最近までクヨクヨウジウジしてましたよ。ヒゲチョコが戻ってきて、ようやく復活しましたけど」
そう言って澤村君は、隣の東峰君を横目で見た。東峰君がギクリと肩を釣り上げる。
「うっ…す、すんません…」
「ヒゲチョコ…??」
「髭のへなちょこで“ヒゲチョコ”。先生もそう呼んでやってください」
「よ、よろしくお願いしまーす…」
東峰君は大きな身体を縮こまらせてお辞儀をした。一回り小さくなった東峰君に、私は思わず吹き出してしまう。
「ぷっ…あははは!東峰君、そんなに大きいのに押しには弱いのね!」
「でもまぁ、スガも旭も復活して良かったですよ…。野村先生も、アイツがまた逃げ腰になんないように側で尻叩いてやってください」
「大丈夫よ。私なんかが付いてなくても、菅原君はしっかりしてるもの」
「そんなことないですよ。アイツ、先生が部活に来るのと来ないのとでは、はりきり方が全然違いますから!」
「ふふふ、そんなことないと思うけど」
笑顔で会話を聞いていた東峰君が、急に何かを思い出したように眉を開く。
「あれ…そういえば野村先生、俺達に何か用があったんじゃ…?」
「あ、そうだ!夕食の支度ができたからみんな食堂に行って。まだ明日もあるし、たくさん食べてゆっくり休まないとね!」
「おぉっ!」と澤村君と東峰君は嬉しそうに顔を見合わせる。
「じゃあ、旭は他の奴ら呼んで来てくれ。俺はスガと烏養さんにさっきのは知らないふりして声かけてくるから」
「おう、分かった!」