第9章 特別なひと
バレー部の合宿は、二日目の今日から本格的にスタートする。昨日と三日目は武田先生が、今日は私が担当。一日ごとに交代で引率することになっていて、今夜は私がこの合宿所に泊まることになる。
私が昼過ぎに顔を出した時には、もう孝支君達は午後の練習に取り掛かっていて、私は武田先生と入れ替わり、清水さんのサポートに入った。昼食の後片付けを済ませ、その後すぐに夕食の支度に取り掛かり、全員分の支度が済んだ頃にはちょうど食事の時間になっていた。
「わぁ、もうこんな時間…!じゃあ、私はみんなを呼んでくるから、清水さんは盛り付けをお願いね!」
「分かりました」
エプロンを外し、私は食堂を出た。みんなの宿泊部屋に向かう途中で、廊下の隅っこに並んで立つ澤村君と東峰君の姿を見つける。
「あ、ちょうど良かった!澤村君達も夕食ーーー」
「しーっ…!」
私に気付いた澤村君が、慌てて人差し指を口元に当てる。つられて私も自分の口を塞いだ。小さく手招きしてくれた澤村君の横に隠れるようにして耳を澄ますと、角を曲がった先にあるラウンジから、誰かの声が聞こえる。そっと覗き見ると、烏養さんの背中が見えた。その正面には真剣な表情の孝支君がいる。
(孝支君と烏養さん…?)
深刻そうな雰囲気に、私は思わず息をひそめた。
「…一つでも多く勝ちたいです。次へ進む切符がほしいです。それを取ることができるのが俺より影山なら…迷わず影山を選ぶべきだと思います」
“影山を選ぶべき”という言葉に、私は息を飲んだ。隣に立つ澤村君を見上げる。澤村君は落ち着いた様子で私の視線を受け止め“大丈夫”と言うように小さく頷いた。
孝支君が静かな口調で続ける。
「影山が疲れた時、何かハプニングがあった時、穴埋めでも代役でも、“3年生なのに可哀想”って思われても、試合に出られるチャンスが増えるならなんでもいい。正セッターじゃなくても、出ることは絶対諦めない。そのために、より沢山のチャンスが欲しいです」
「菅原………」
烏養さんの動揺が、空気を伝わって来るようだった。何の駆け引きもない、孝支君の真っ直ぐな言葉。烏養さんはしばらく黙った後、口を開いた。
「…俺はお前を甘く見てたみたいだ。…分かった!俺はまだ指導者として未熟だが、お前らが勝ち進む為に俺にできることは全部やろう」
「は、はいっ…!宜しくお願いします!」
