第17章 温泉旅行へ*2日目午後編*
あ、また触り放題。
そう思うけれど、手を伸ばすことはない。贅沢なこの時間を壊すのは、もったいないから。
太陽の高さが低くなってきたことを、木々の影の長さが教えてくれる。何を見るともなく滝つぼを眺めていると、ぱしゃん、と魚がはねた。それは、桜の心にも波紋を落とす。
…戻ったら。
真剣に考えなくては。
いまだに自分の心が分からない。
なんて、情けない。
ざああ、とひと際強く風が吹いて、景色が大きく揺れる。顔にかかってくる髪を抑えていると、次第に風がおさまってきた。ひら、ひらりと葉が落ちてきて、信長の髪に着地する。
桜は、取ってやろうと手を伸ばす。かさり、という音に反応したのか、ふるりと信長の瞼が震えた。
「すみません。起こしてしまいましたね」
「…いや、良い」
ぱちぱち、と何度か瞬きをした目が、桜を見る。信長の指が、桜の顔に触れた。親指にぐい、と力が入り、桜の口角を無理に上げる。
「そんな顔をするな」
「え…」
信長の指が離れていく。どんな顔をしていたのか、無意識に自分でも顔に触れていた。
「貴様はただ笑っていれば良い。貴様が決めたことなら、俺もあやつらも、喜んで受け入れる」
「はい…」
「だが、俺はあまり気が長くない。貴様の決心が遅ければ、こちらから貰いに行くぞ」
冗談なのか本気なのか、にやりと意地悪く笑った信長の顔を見ていると、なぜかとても安心する。気付けば桜は、素直にはい、と笑っていた。