第34章 キューピッドは語る Side:YouⅡ <豊臣秀吉>
「ちょっと家康、聞いてるの!?」
「…聞いてる」
文机越しに座る家康は、机上の書類に目線を落としたままで私の言葉にそう返事をした。
嘘だ、絶対聞いてない。
「ちゃんと聞いてよ、ここからが良い所なんだからっ」
「だから聞いてるって…ちょっと!」
顔すら上げようとしない家康に腹が立って、私は書類を勢いよく取り上げた。取り返そうと腕を伸ばした家康よりも先に、私は後ずさりする。
「ちゃんと聞いてくれなきゃ返さない!」
「聞いてるって言ってるでしょ?急いでるんだから返して」
「家康、邪魔するぞ」
ギリギリとにらみ合っていた私たちの所へ、秀吉さんがやって来た。状況を察したのか、小さくため息をついて私の隣へ腰を下ろす。
「こーら、また喧嘩してんのか。今度は何が原因だ?」
「秀吉さん…良い所に。さとみに仕事を邪魔されて迷惑してるんで、連れて帰って下さい」
「この間の秀吉さんとのお出かけの話をしてるのに、家康ったら全然聞いてくれないんだよ」
「……なるほどな」
難しい顔で腕組みをした秀吉さんが、私から書類を受け取って家康に返した。
「さとみ、家康のあの仕事が終わるまでは待ってやれ。その後でならあいつも聞いてくれるだろ」
「はーいっ」
「何でそうなるんですか…!」
ふふ、勝った。
にっこり笑って家康を見れば、脱力したように肩を落としてる。
「俺も一緒に待っててやる。さとみに退屈させるわけにはいかないからな」
「ありがとう秀吉さん」
「……」
何か言いたそうにこっちを見ていた家康は、大きな大きなため息をついて仕事に戻った。私は、秀吉さんと世間話。
この間行った甘味処は美味しかっただとか、新しい着物はどういうのが良いかとか。
秀吉さんが「さとみなら何着ても可愛い」とか言うから、照れちゃうな。
その時、バキっていう妙な音が響いて、秀吉さんと一緒に音の出どころへ目を向けた。家康、筆が折れちゃったみたい。
「大丈夫か?家康」
「大丈夫デス」
新しい筆を取りだす家康を尻目に、私達二人はまた世間話を再開した。
私たちの仲を心配させないように、これからも家康には報告しに来るつもり。
なんたって私達の…
恋のキューピッド様、だもんね。
終